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日記(言うたる!!)

愛称:日記deクアトロチンコ

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12月 31日(火)

近所の八千代ムセンの兄ちゃんにアドバイスをもらいつつ、やっとの思いでスキャナーの動作復活。これで年内仕事はまず目標達成。やれやれ。

と思いきや、女房が改まってやってきた。

「いやらしいサイト見てたやろ」
「見てへんよ」
「履歴とファイルが残ってる」
「見ーてーまーしーたっ」
これではまるでリクルートのホットペッパーのCMではないか。

ふた月ほど前、AVアイドル桃井望の死を検索しててたまたまヒットしたサイトについつい深く分け入ってしまったのが運の尽き・・・ブロードバンドで動画ダウンロードの威力を試したかったんだもーん。そんなんで萌えたのかと問い詰められて「飽きた」と返答。馬鹿にされる。くそー。俺だって10代の頃は湯気を立ててたんじゃー

夜、天王寺フェスティバルゲートまで嘉門達夫のカウントダウンライブに出掛け、爆笑のうちに年越し。こうして穏やかに2002年は暮れ、2003年の幕が明ける・・・

12月 30日(月)

遅ればせながら、賀状を仕上げると、ナッシュビルのM山家からカード。これはフライングやね。

午後、どうせ市内中心部はすいてるやろうとたかをくくって車でザ・シンフォニーホールへ。佐渡裕さんの第九。これで年内の演奏会は最後。

聴きながら、回想する。僕が佐渡裕さんの演奏に接したのがまさにこのベートーヴェンの第九で、ザ・シンフォニーホールで、1994年12月29日、8年前の年末だった。それからの年月、僕の身の上にも様々なことがあった。目の前で力強く指揮棒を閃かせるマエストロ自身のスタイルも明白に変わった。時を積むというのはそういうことなんだ。

満場大熱狂の終演後、例によって楽屋口詣で。先生の近況について話した後、女房を伴ってタイ料理の「スイートバジル」にて夕食。やはりカレー麺「カオソーイ」がこよなく美味。

みんなに宣伝したろ。

12月 29日(日)

前回の上京時に空振りで終わった神保町詣で。午前中に到着してみれば、お目当てのアジア文庫は正午からの営業とは。曜日感覚喪失してるなあ。今日、日曜やったんやなあ。

結局正午まで小1時間をドトールで過ごし、念願かなってアジア文庫の特濃空間にて渉猟三昧。んで収穫:

Gダイアリーのバックナンバー3冊(読まんと禁断症状が・・・)
グレゴリ青山「ふたたびの旅。」(こんな旅がしてみたい・・・笑えるし、ノスタルジックだし)
鎌澤久也「雲南最深部への旅」(見果てぬ夢の旅先、雲南省・・・)

レジに鎮座まします親爺は相変わらず煙のような存在感。そしてレジの背景には特に高価そうなゴツイのが並んで、目に付いたのが

「満洲国の研究」

読んでみてー。

帰宅して夜TVを見ていると、漫才のM−1グランプリ、今年の優勝は「ますだおかだ」。当然とはいえ、お気に入りのコンビに決まって快哉。

12月 28日(土)

年末のどさくさにまたまた上京。今回は臨時。

インドからインドさん(まんまなハンドルネーム・・・)が帰国し、強力な激マズインドビールが飲めるとあっては「死因会」に萌える者としては駆けつけないではいられない。ていうか、単に女房のオッケーが出たからなんやけど(笑)

表向き忘年会である今回の「死因会」会場は例によって上野の釜山館。主催のアジア光俊さん筆頭に参加者総勢11名。うちインドから参加1名。ブータン人留学生1名。太神楽芸人1名。イラストレーター1名。関西から参加1名。相当あやしい面子ぞろい。

女房に持たされた唐辛子まみれの激辛煎餅を手土産に、かえって頂戴したお土産は:

ブータン王国のコイン
インドのマサラ・ティー&カレーパウダー
北朝鮮のグイノミ

怪しさここに極まれり。

12月 26日(木)

年末の挨拶まわりもいよいよ佳境。

和歌山市内から紀伊半島一周コース。新宮から小雪の降りかかる山中を通って帰宅すると23:30。

へとへとながら、峠は越えたな。

でも何だか喉がひりひりする・・・

12月 23日(

天皇誕生日。

太秦(うずまさ)の東映京都撮影所まで。午前中の美術監督井川徳道先生のお話を聞いて、午後は早退。大学の大先輩に当たるA木さんにもお会いできなかったし。

京福電鉄で帷子ノ辻(かたびらのつじ)から西院(さい)まで読めない駅から読めない駅まで小旅行。壬生(みぶ)のカフェ・エルガーに立ち寄れば、休業。あいたあ。

阪急ですごすご帰宅。

車中、中途半端に空いた座席をつめようともしない若いやつに「ここよろしいですか?」と声をかけて隣に座るやいきなりぶつぶつ「会話」をおっぱじめ、脇の下をせわしくわしわしかきむしり始める不潔なキチガイやら。

どんな世の中や。

12月 22日(日)

昨夜はLANカードをぐっさり差し込んだのに白目をむいて無反応だったデスクトップ型。今朝はどうしたことか無線化成功。まあええわ。年内仕事のひとつにケリ。次はスキャナーを蘇生させねば。

昼、上本町の「スタジオエッグス」に出向き、恒例のガムラン大掃除。夕方から忘年会の鍋パーティーに突入。リーダー江美さん野生のキジ猫キジ子の拉致に失敗し、無事に年を越せるのかと落ち込み。

そんなことならマタタビ持参すりゃよかったなあ。スゴイ効果があるってんだから。→こーんなん

12月 21日(土)

終日寒々しい冬の雨。

外出する意欲を奮い立たせて最寄の電器店へ。無線LANカードを購入。女房が主権を有するノート型をまずは無線化。

12月 19日(木)

いずみホールまで大阪シンフォニカー交響楽団の特別演奏会。「音楽の旅」と題して徹頭徹尾英国音楽で構成されたユニークなプログラムとあってはキキノガセナイ。指揮は牧村邦彦。

ジェラルド・フィンジ/クラリネット協奏曲 Op.31
レイフ・ヴォーン=ウイリアムズ/バス・テューバ協奏曲ヘ短調
エドワード・エルガー/チェロ協奏曲ホ短調 Op.85
ベンジャミン・ブリテン/青少年のための管弦楽入門 「パーセルの主題による変奏曲とフーガ」Op.34

ドイツ、フランス、イタリアものが最上とされるクラシックの階級世界においてなおざりにされがちな英国もの。しかし聴く耳と探究心さえあれば、20世紀の音楽史に奇跡のような豊饒さをもたらす「約束の土地」なんだけどな。

今晩は僕の最高にお気に入りのホルスト、ブリス、ウォルトンの御三家は入ってなかったけど、フィンジのしっとりしたハーモニーは快感。まさしく20世紀ならではの浪漫。これだけでも大収穫。

お目当てのブリテンは有名どころなのに実演は滅多に聴けない逸品。オーケストラの楽器の性能を知り尽くした変幻自在な音楽が湧き出るがごとく次から次へと軽やかに。ナレーションも練達の弁士を得られれば、この作品の不可欠最重要なパートだと痛感。ベンジャミン・ブリテン、あなたは20世紀のモーツァルトだったのかもね。

貴重な情報をいただき、会場で御一緒できた作曲家の近藤浩平さん。毎度ありがとうございます。

帰宅後のTVニュース。韓国の次の大統領は太陽政策堅持のノ・ムヒョン当選確実・・・か。

12月 16日(月)

有給休暇。

SAPIO別冊「危険な隣国・まるごと一冊北朝鮮」を読みながら、新幹線で大阪へ戻る。

うーん。眉間にしわが寄るぜ(笑)

12月 15日(日)

東京三日目。

池袋のナムコナンジャタウンにて餃子三昧。手羽餃子は絶品。タイ、ベトナム、ネパール、韓国の餃子もそれぞれ賞味。

コインロッカーの鍵を紛失し、女房にどやされる。弁償金払って荷物解放。

夜、代々木のカンボジア料理店アンコールワットで大満足の夕食後、ホテルの部屋で「世界ウルルン滞在記」。小池栄子のタイ山岳民族篇。よしよし。なかなか虫も食べてるし頑張ってるな。

神保町のアジア文庫滑り込みアウト以外はまずまず充実の一日。

12月 14日(土)

東京二日目。

午前、ネットで注文したものの間に合わなかった河辺利夫先生の近刊「アジアする心」を新宿の紀伊国屋書店にて入手。

昼過ぎ、総武線で本八幡に。働き盛りのサラリーマン時代のはちゃめちゃなお話をうかがい抱腹絶倒。それにしても思う、こんな豪快な上司の下だったら誰だって自発的なやる気を奮起せざるを得なかっただろうなあ。やはり人の心を動かす人は若い頃から違うねえ。

今はもう足元が覚束ない・・・と言っても間違いではない健康状態だけれど、くれぐれも御自愛願いたいもの。

夕方、東京丸の内まで送っていただき、タイ語の同窓会「ラックムアンの会」忘年会。御臨席賜った河辺先生今年で米寿。焼酎で上機嫌。

またしても大正生まれのスケールを思い知った年末の首都圏であった。

12月 13日(金)

有給休暇。女房を伴って上京。そして久々の横浜。

横浜みなとみらいホールにて佐渡裕さん指揮のシエナ・ウィンド・オーケストラの定期。いつもながら第二部における弾けようは痛快。今回はおやぢ臭くもテーマは宴会。こんなネタ、若い中学高校の子らにはキツイかも(笑)

バーンスタインの「ディヴェルティメント」の吹奏楽版も珍しい。繰り返して取り上げて、熟成したレパートリーになってほしいもの。

大盛況の終演後、強行軍で上野に出向くため恒例の楽屋口詣では断念。月曜の雪がいまだ方々路肩に残る上野の寒々しい夜景の中を釜山館にたどりつく頃にはアジア光俊さん主催のオフ会もたけなわを過ぎ、お目当てのゲロ不味インドビールもあろうことか完売御礼・・・とな?そんなん「農薬」の名に値せえへんやん。

吐きそうなほどの不味さを誇るインドビールの品評会と不味さの宣伝を目的とするこの通称「農薬オフ」または「死因会」。

捲土重来を期すこの身の酔狂さ(笑)

12月 12日(木)

昨日の林真須美の判決から一日ずらして和歌山へ。しかしものすごい女だよな。一審とはいえ死刑を食らっておきながらにやりと笑みを見せるなんてなあ。まさに不敵。

一件仕事を済ませてからたまたま通りがかった華岡青洲(はなおかせいしゅう)の墓所に立ち寄る。世界史上初めて麻酔を用いた外科手術を成功させたこの医聖の一族、昭和19年7月31日、台湾南方バシー海峡において散華した少尉までいるのか。

華岡一族のために合掌。

12月 8日(日)

「一万人の第9」本番の会場から体調不良で去ったS水さんより葉書。すっかり体調回復とのことで、一安心。

定年退職後60歳を過ぎてスキーに音楽三昧のこの方、第九本番直前までオーストリアでスキーに明け暮れ、あろうことか帰る途中のウィーンでは大マエストロ小澤征爾と食事を共にしたというラッキーぶりでも、時差には勝てず・・・

大丈夫。第九は来年もあるのですぞ。

12月 7日(土)

バージンシネマまで「ジョンQ」を観にいく。瀕死の息子のために心臓の移植手術を要求して病院を乗っ取る男の物語。

日本でだったら安ーいお涙頂戴の悲劇に仕立てかねないこの手の筋を、ユーモアさえ感じさせる迫力で演じきるデンゼル・ワシントン。ハッピーエンドはお約束でも、悪くない仕上がり。

12月 2日(月)

夜、TVでダークエンジェルUを。相変わらずカットだらけやなあなどと思いつつ見ていると「今回をもちましてダークエンジェルの放送を終了します」との画面。待て待て待てぃ。な。なんやとぉ?こんな中途半端な回でかい?

誰も何にも言わないけれど結局視聴率の低迷がなせる業であろう。

レンタルビデオでオリジナルの英語版を見れば明白なことだが、ジェームズ・キャメロン総指揮下においてもともとよく出来たシナリオ構成だったものを、日本の某テレビ朝日のどあほスタッフがカットしまくり、説明だらけのだれーんとしたシロモノに成り下がった結果だね。

ネットのファンサイトでもTV朝日非難轟々。アー気分悪い。オリジナルをDVDで見直そ。

12月 1日(日)

「一万人の第九」本番。

発声練習中に同じクラスのS水さん変調を来たし、脂汗をにじませつつ退場。結局そのまま欠場。せっかくここまで練習してきたというのに・・・

時の人平井堅による「大きな古時計」の合唱と第二部のベートーヴェンも無事に歌いきり、それはそれで満喫。2回や3回の舞台くらいじゃまだまだやけど。でも年輪てほんと大事なことやわ。

それでも「どしろーとが一万人も集まって合唱? バカにしとんのか」などと鼻で笑う人も世の中には五万といるのも事実。まあそんな人には「いつか体験してみ」と祈るのみ。

終演後、付近のイタリアンにてサドラー(佐渡裕ファン)さん有志の打ち上げに顔出し。慌しく失礼して打ち上げのハシゴ。年末モード、まっしぐら。

ともあれ、皆さんお疲れ! 佐渡さん、おおきに!

11月 30日(土)

「一万人の第九」総合リハーサル。女房を伴って大阪城ホールまで。

終了後、最寄りのニューオータニロビーにて佐渡裕ファンサイト「開幕の祈り」の世話役が一同に会す。今は無き「ゆたか会」の死の灰の中から蘇った不死鳥サイトに育ってくれい。

11月 29日(金)

ようやくYahoo!BBから12メガADSLのモデムが届く。無線化はともかく、ブロードバンド復活。

しかしリーチDSL8メガの時よりなんか重いなあ。

11月 28日(木)

大阪福島のザ・シンフォニーホールまで関西フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会。

吉松隆:「一角獣回路(ユニコーン・サーキット)」サクソフォン協奏曲版初演
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」
藤岡幸夫指揮、須川展也サックス独奏。

もともとはファゴット協奏曲として書かれたこのユニコーン・サーキット。独奏楽器に頻発するふらふらふらーというトリル音形にそのあたりが垣間見られて興味深い。天井桟敷から見ていると、ティンパニの上にお仏壇でお馴染みのリンを並べてペダルを踏み踏みさせたりして何とも玄妙な響きがそこはかとなく立ち昇る風情はまさしく武満徹ゆずり。最終楽章の独奏カデンツァ部分では須賀さん予告もなしに舞台をふらふら歩まわってオケのメンバーにちょっかい出すわ「春の祭典」の冒頭をどさくさ紛れに吹き鳴らすわ。まあユーモラスな。

はちきれんばかりのパワーと目の眩みそうなスピードを見せびらかしてくれる痛快な傑作「サイバーバード協奏曲」ほどには大受けすることはないだろうけれど、このロマンチックのチラリズム、後味がいい。

「1905年」交響曲の方は楽章間ノンストップだしあらかじめ女房に「我慢してな」と言い含めておいたシロモノ。大して期待してなかったものの、あろうことか関西フィル熱演。これは嬉しい誤算。やってくれるでマエストロ。

吉松さんは会場に姿を認めた時にはすでに遅し。サインもらい損ね。来年のチェロ協奏曲世界初演にかけるべし。

終演後、朝日放送向いの「スウィートバジル」なるタイレストランへ。北部タイはチェンマイ風料理の数々を満喫。京都コンサートホール近くの「サバーイ」まで行かなくてもチェンマイ風カレー麺「カオ・ソーイ」が食べれるとは感激モノ!

御満悦の一夜。

11月 26日(火)

ゲームソフト制作会社エニックスとスクエアが合併と発表。

普及の名作、ドラゴンクエストファイナルファンタジーのジョイントとか、あり得るのか?

目が離せねえ。

11月 24日(日)

「一万人の第九」、いよいよ総括。本日はマエストロ直々に「佐渡裕特別レッスン」。

「一万人」も今年で20周年。佐渡裕さんになってから4年。僕の参加で3年目。いっそう佐渡カラーが鮮明になってきた感が深い。コーラス各パートに対する要求もどんどん細部にわたるようになってきたし、その上今年は管弦楽も学生の選抜隊ときた。育成しよう、未来につなげようという意志がひしひし伝わってくる。レッスン会場にはお父さんお母さんに連れられた男の子や女の子がけっこういる。この子たちにはすくすく音楽を吸収して育って欲しいもの。

夕方、ビデオで「突入せよ!あさま山荘」をやっと観る。警察の苦労には頭が下がるものの、縄張り争いやらメンツやら、陸軍海軍がつばぜり合いを演じて国を滅ぼした歴史がダブる。

真珠湾の開戦から30年であさま山荘事件。それから30年経った今。

変わってないのかなあ・・・

11月 22日(金)

仕事を終えるとようやく週末。

タワーレコードにて出たばかりの佐渡さんの「第九」CDを入手し、プレミアムの汗拭きタオルをゲット。デカデカと「佐渡の第九」とプリントアウトしてあってインパクト大(笑)

ポイントがちょうど倍付けになる期間で、しかもしばらくぶりでこの手の店に寄ったため、抑制が効かず、買いまくりモードで暴走。

んで収穫:

ブーレーズ指揮:「ブルックナー交響曲第8番」(廉価盤だったので、つい)
ブーレーズ指揮:「ラヴェル管弦楽曲集」(廉価盤ったので、つい)
グローフェ:「ハリウッド組曲、デスバレー組曲、ハドソン川組曲」(楽しそうだったので、つい)
エリオット・ガーディナー指揮:「リリ・ブーランジェ作品集」(珍しいので、つい)
ジャン・マルティノン指揮「オネゲル作品集」(クリスマスカンタータが聴きたくなって、つい)

バレたらきっと女房のドロップキックが・・・

調子こいて試聴コーナーにふらふら吸い寄せられると、そこには「クセナキス作品集」が・・・

昨年に世を去ったギリシャ生まれの独眼龍、どうせ100万%きもーい音楽ばかりだろうが、どれ肝試しに・・・とヘッドホンかぶってスイッチを入れて呆然。

おもろーい。

キショイことは確かにキショイ。でも聴かせる演奏やん。

とはいうものの、こんな前衛モノまで受容できるようになるとはなあ。自分で自分が怖い。

11月 19日(火)

YAHOO!BBに確認すると、やはり解約のせいだったことが判明。慌ててモデムを返送手配。しかし、だとしたら12メガへの移行手続きの連絡はどないするつもりなんやろ。暫定期間のみダイアルアップ接続の契約とか普通するか?

夜、ギータクンチャナの練習に。「ウジャン・マス」の続きに「タブ・ガリ」。手本をMD録音して帰る道々プレイバック。

!!!!!!

なんと。上書きしてやがる。普通上書きなんかしたらいかんやろう。大事な記録がパアではないか。何を考えてこんな設計にしおったんやSONYのMDウォークマン。

むっかー。

11月 18日(月)

仕事中、女房からメール

「家のPC、ブロードバンドつながらない」

ええ? 確かに12メガ+無線LANに乗り換えるべく解約の手続きはオンラインで済ませたものの、モデムの返送はまだなのに?

11月 17日(日)

朝、本番チケットを逸したリベンジの気合いを込めて梅田へ出、「一万人の第九」公開リハーサルのチケットを確保。整理番号2番とはまずまずの成績かな。

昼、道頓堀の大阪松竹座にて有吉佐和子原作・脚本の「華岡青洲の妻」を観劇。活字でギヴアップした女房もこれならいけるだろう。くらいの気で天井桟敷に陣取る。

悪くはないが、場面転換の間延びした感じは何とかしないと。暗転の時間をテロップを使って時間進行を円滑にこなさせるとか出来ないものかね? あるいはナレーションをいれるとか。

幕切れも、僕なら最後の二場面の順序を変える。その方が、主題を鮮明に浮き上がらせることができると思うから。

てなこと言っても、いちゃもんつけるのはどこのアホでも出来るからなあ。それだけは忘れまい。

11月 16日(土)

「一万人の第九」レギュラーのレッスンが完了。はっやー。3年やっても完全は程遠い世界。しかしやらんとな。後は佐渡裕さんによる特別レッスンと前日の公開リハーサルを残すのみ。

「週刊金曜日」事件について思う。曽我一家の心中いかばかりか・・・

沸き起こる批判に対して報道の自由がどうのと正義めかしてほざく筑紫哲也が実はズバリ「週刊金曜日」の編集委員だったことにほっかむりを決め込んでいた事実は何を意味する?

思い返せば7年前、阪神大震災の被災地上空をヘリで飛びながら、あろうことか「温泉地のように湯煙が上がっています」と報道したこの野郎、要は自分がかっこよければいいだけ。人権だ何だとさももっともらしげに口にしたところで人の痛みがまったく想像できない欠陥メディア人なんだわ。

報道の自由、言論の自由など微塵も存在し得ない北朝鮮にのこのこ招き入れられての今回の取材。これはトリモナオサズ国賊の仕業だぜ。

11月 15日(金)

痛恨。

午前、阪神高速湾岸線を大阪へ戻る途中岸和田SAの手前でスピード違反で覆面にイワサレル。キツネにつままれた気分で警察の言い分を聞けば、時速108キロで28キロオーバーだってさ。それにしても、108キロ・・・とは。除夜の鐘みたいな煩悩まみれの数字やな。

また三ヶ月はおとなしくしてないと。

11月 13日(水)

会社の「KAIZEN」全国大会参加ということで、神戸三宮の朝日ホールまで。道路に沿う並木の黄葉が秋色纏綿。

会場に入るやいきなり「英語担当やって」と運営委員のにいちゃんから言われ、仰天。往年のダチョウ倶楽部なみに「聞いてないよぉ」

舞台に上がるプレゼンター以外では英語蕁麻疹な人々ばっかしで、結局僕が押し付けられる羽目に。やむなく本社で英訳版の台本をプリントアウトして送ってもらい、ぶっつけ本番で棒読み。消化不良でまさしく英語の読経。我ながら意味不明。

やれと言われるならそもそも準備して来るものを。本社窓口担当者、責任どう取る気やったんかね?

11月 12日(火)

ほぼ一ヶ月ぶりにスタジオエッグスに顔出し。ガムラン楽器に触れるのも久々。ゼロからの再スタートそのものの気分で伝授されるのは「ウジャン・マス(黄金の雨)」

まあぼちぼちやろか。

11月 9日(土)

「一万人の第九」、本番用座席の割り振り。正規のレッスン日程も来週一回で終わり。うう。いつの間に・・・

夜、レイトショーで映画「ザ・リング」を。鈴木光司の原作も日本版も見てないので先入観なしに接する。なかなか見事に怖ろしげに出来てる。

米国人でも貞子っておっかないねんなあ。

11月 8日(金)

テネシー州ナッシュビルに転勤した友人M山のタイ人細君から女房あてに電話があった由。すっかり現地生活に馴染んだようで何より。タイ東北部と文化を多く共有するラオス人が思いのほか多く居住しているそうで、蟻やらカナブンやらも食えるとか。いいなあ。

お腹の子供は順調。5月くらいには出産予定とのこと。日本人とタイ人を両親に米国で生まれ育つことになるわけやね。三重国籍か。なんとなく未来的やなあ。

今度は男児のようなので、命名についてメールでもってこんな名前だけはやめとけと提言。

「定(サダム)くん」

まさしく言わずもがな。

11月 4日(

昨日から検討していたデスクトップPCを買ってしまう。

考えて見れば、自作機を思い立って組み立てたのが大船時代最後の頃だから、3年にはなるんだもんな。当時ブロードバンドがここまで普及してくるなんて予想もしてなかった。

LANカードを導入するごときで逝かれる自作DOS/V機では先が思いやられるしな。再生はしたものの、おかげでスキャナーが動作しなくなったまんま。モノクロのレーザープリンタも前後して逝かれるとはこの短命のへタレ物めが。

とは言うものの、家の中がPCだらけになるのも如何なものだろうね。

11月 2日(土)

「一万人の第九」の練習も、はや大詰め。残すところは今日から入る壮大な「フーガ」。大宇宙を思わせてたまらなく好きな聴き所なれど、とんでもなく難しい。ソプラノやテノールに対してベートーヴェンの要求する非情な高音。アルトの音程跳躍。力強くウゴメキ続ける音形。まるで竜がたくましくのたうつかのようや。

僕の第九も今年で3回目。積み重ねが醸し出す余裕(気持ちだけね)。

さらに上を目指すべし!

11月 1日(金)

日課の一環として佐渡裕ファンロレンツォさんのサイトをのぞくと新たなファンサイトがプレオープンとの情報。おお。これは吉報。

その名も「開幕の祈り」

ロレンツォさんと佐渡裕公式サイトの管理人吉村純さんがタッグを組んで満を持しての新たな門出。

微力ながら僕も何かお手伝いできるかな?

女房プレステ2の「トルネコの大冒険3・不思議のダンジョン」を買ってくる。

「太鼓の達人」はどうなるねん?

10月 29日(火)

女房の手抜きにより、晩飯が沖縄で仕込んだ米軍糧食「C−レイション」となる。

うーん。気分は有事。

レトルトとフリーズドライの技術で保存と携帯性は抜群だけどね。

10月 27日(日)

昼、兵庫県尼崎のアルカイックホールまで。

関西二期会第57回オペラ公演「天守物語」、関西初御目見えの演目。

北陸の古都金沢が生んだ明治日本きっての文豪泉鏡花。彼一流の耽美で妖艶なあやかしの世界が紗布のスクリーン越しに展開する。夢か現か光と闇が織り成す舞台は姫路城天守閣五重。固唾を呑んで耳と目は金縛り。

作曲は水野修孝(みずのしゅうこう)。名前だけは中学生の頃から知っていても、この人の作品に触れるのは今日が全くの初めて。しかし劈頭劇場の暗闇に能管と鼓が凛と冴え渡り、物語の象徴として舞台に鎮座する獅子の両目に燐光が宿るとともうダメ。我に返ると幕切れ。休憩なしの2時間弱しびれっぱなし。やられたぁ。

こんなに美しく後味の良い歌劇がめったに上演されないなんてもったい。しかも「天守物語」を始め團伊玖磨の「夕鶴」、黛敏郎の「金閣寺」、「古事記」などなど、日本人として胸を張って世界に持っていけるものがこんなにあるのになあ。

御案内くださったのは奥女中薄(すすき)役で名演を御披露になった橋爪万里子さん。お疲れ様でした。本当に素晴らしい機会をありがとうございました。

10月 26日(土)

「一万人の第九」レッスンを終えて、午後、阪急で甲東園まで。知人の作曲家近藤浩平さんの御案内による現代作品のコンサート。題して「室内楽の現代〜6人の作曲家の現在〜」、主催は京都芸大の現役学生が主宰するMU楽団

西尾洋(にしお よう):雲容烟態(うんようえんたい)
宮澤一人(みやざわ かずと):OPUS27062002
堀内貴晃(ほりうち たかあき):Madrigal、POEME、FORLANE SENTIMENTALE
植野洋美(うえの ひろみ):ピコワールド 〜木管五重奏のための〜
近藤浩平(こんどう こうへい):白い岩山への行進第2番:作品67、旅について 作品69
野田憲太郎(のだ けんたろう):MU CONCERTO (HINAGANISHI 7) for solo piano & 8 instruments

作風は六人六様。中でも野田作品は異質。1960年代のハプニングアートを意識したような今さらながらのわざとらしい前衛音楽仕立て。客席のあちこちからクスクス笑いがもれる。そこまで織り込み済みなら立派に意図は達成しているけどな。

個人的には近藤作品の効果的な楽器用法、堀内作品のフランス趣味で瀟洒な響きが肌にあって、収穫。

ともあれインターネットで出会い、繋がった作曲家たち。そして若い音楽家たちが未知の新作に果敢に取り組む姿勢。応援しなくっちゃね。

企画者近藤浩平さん、御案内多謝。

10月 25日(金)

今日もまだひっかかって桃井望のことを考えている。

カルメン。マノン。ルル・・・

幾つかの歌劇のヒロインが彼女にダブり始める。

彼女を主人公に物語を書いてみようか? 歌劇を紡ぎ上げてみようか?

女房「太鼓の達人」を買ってくる。気分転換に太鼓型のコントローラーをどんどこどんどこいわしまくりの夜。

10月 24日(木)

infoseekの検索ランキングまでも第1位が「桃井望」。皆が桃井who?状態か。無理心中なのか。殺人事件なのか。確かに世間の好奇心をそそるミステリーだもんな。

事件の顛末をさらに知りたいと検索をかけてみる。彼女の出演したソフトのタイトルばかりがずらりと。彼女が変わり果てた今となっては無残の一語。

彼女の所属事務所のサイトにはこんな告知。

皆様へ

この度、幣プロダクションの桃井望が予期せぬ本当に信じられない事件に遭遇し、ただ驚くばかりで今はお話しする言葉もございません、思わぬことでスタッフ一同深い悲しみに暮れている次第です。

特にファンの皆様には、多大のご心配をお掛けしましたことを誠に心苦しく思っています。今はただ桃井望の冥福をファンやマスコミの皆様と共に祈るばかりです。

思い起こせば2年前に桃井望は私共と出会いました。多くのファンやマスコミの皆様に愛された桃井望は日を増す度にその魅力を発揮し多くのファンを獲得してきました。

その愛くるしく素直な笑顔が、皆様に愛され多くの夢を与えてくれたあの桃井望は、その残像を残しながら私共の前から、予期しない出来事に遭遇し、いきなり去ってしまいました。ファンの皆様に愛され、多くの方々に育てて頂きまさにこれからという時に私たちの前から去ってしまいました。

この空白がどうなるか、どうこの苦しみを乗り越えて行くのか、私共としても何ものにもかえがたいものを失った思いでいっぱいです。

彼女が、どんな訳でどの様な思いでその若き命を終えたのか知るよしもありません。しかし、彼女の思いはファンの皆様の心にいつまでも生き続けてくれると思います。本当に残念でなりません。

残されたタレント、スタッフ一同彼女の意志を引継ぎ、これまで以上にファンやマスコミの皆様に愛されていくよう努力していきます。これまで同様、皆様のご支援がいただけます様お願いすると共に、彼女の安らかな冥福を祈りたいと思います。

10月 23日(水)

和歌山の得意先まで週末のゴルフコンペ用記念品を持参。いつもの和歌山ラーメン屋で昼。

食べながら雑誌「FLASH」を手繰り寄せてパラパラめくっていると如何にも素朴でかいらしー女の子のにこやかなヌード。何故かモノクロ。お。と思いキャプションを読むや思わずラーメンを口から噴射しそうになる。この娘、10月12日に長野県塩尻で焼死体となって発見されたって?

それって・・・うちが沖縄入りした日やん。

AVアイドル、桃井望。何があったんだ?

10月 22日(火)

鶯谷のホテルをチェックアウトして線路沿いに駅へ向う途中、「子規庵」なる文字を発見。そうかあ。ここいら所番地が根岸やもんなあ。司馬遼太郎の大河小説「坂の上の雲」を思い出して寄り道。

戦後再建なった正岡子規寓居跡。夏目漱石とか日露戦争最大の勲功者、連合艦隊参謀の秋山真之もここに来たんか・・・

一句:しみじみと歴史偲ばるラブホ街

お粗末。

10月 21日(月)

有給休暇。晩のコンサートのためだけに今日明日休み・・・というのも、無駄なような、贅沢なような、もったいないような、貧乏性のような(笑)

東京に到着すると寒々とした雨がお出迎え。舐めてかかって半袖なんぞで上京しなくて心からよかったと思う。目ぼしいCD屋を漁るのもそこそこに、鶯谷の宿にチェックイン。ラブホテル街・・・沖縄以来こんなんばっか。まあええねんけどな。

昼寝から覚めるとすっかり夕方。ほとんどやみかかった雨っぽい夕闇を一駅となりの上野に出、東京文化会館にて念願のピエール・ブーレーズ指揮によるロンドン交響楽団の演奏会。座席は一階最前列。しかもど真ん中。指揮者の真後ろ。ブーレーズの背後霊にでもなりおおせた気分。

ブーレーズ:弦楽合奏のための「本(リーヴル)」
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:マウリツィオ・ポリーニ)
ストラヴィンスキー:バレエ「火の鳥」(1910年版全曲)

何しろ最前列のど真ん中。しかも管弦楽のレントゲン技師ブーレーズ。ちょこまかゴソゴソやってる個々の演奏家の動きまで見えるし聞こえるし。いやはや。ポリーニのピアノに至っては黒光りの反射板に当たった音が粒立ち良く頭上にまっすぐ降り注ぐ。バルトーク一流の不協和音のシャワーがゴッツゴツ。そういえば、いつぞや聴きに行った大阪での若林顕さんによるバルトークの三番、あれも最前列のど真ん中だったっけ。バルトーク・ピアノの直射に見舞われる運命てか?

熱く絢爛豪華に火の鳥全曲が終わるや、やんややんやの大喝采。舞台際で花束を受け取りにかがみ込むブーレーズ尊師のドアップ。

「Thank you、アリガト」と肉声もハッキリ耳にする。おお。英語と日本語や。

アンコールは若かりしストラヴィンスキーの出世作「花火」、お得ですな。

終演後、持参した代表作「ル・マルトー・サン・メートル」の楽譜にサインをもらうべく楽屋口で待ち受けると「マエストロはポリーニ・プロジェクトのレセプション出席のため、既に会場を出られました・・・」のアナウンス。がっくし。

新橋に出て在京の友人と祝杯。本日開店のコリアン&オキナワン チャンプルー「あしびなぁー」でマターリ。

10月 20日(日)

北野武監督の新作「Dolls(ドールズ)」を観る。

シュールで美しい。そして、哀しい。

細部にわたって磨きぬかれた・・・という手合いではない。しかし全く非凡。

ほとんど無言劇といってもいいほどセリフを口にしない登場人物たち。全てを映像で示す武のセンスは邦画の世界で卓越している。

静かに画面に寄り添う久石譲の音楽がまたなんとも・・・しみる。

彩りの豊かさ。日本の伝統美。四季折々の審美感。そして男と女の、言葉に表しがたい情感。

本当に映画が好きなら是非スクリーンで観て欲しい一作。

10月 18日(金)

NHK・BS2にてチョン・ミョンフン(鄭明勲)指揮東京フィルによる「こども音楽館」オンエア。お目当ては吉松隆新作「子供たちのための管弦楽入門」初演。

実にキュートでコンパクト。しかも声優田中真弓によるナビゲーションがアニメ好きにはたまりません。

こりゃあロングバージョンに仕立ててほしいなあ。是非。

10月 15日(火)

夕方、得意先の招きで姫路へ。灘のけんか祭り

退屈。噂ほどにもない・・・

雨もよいの夕闇に、あくびを抑えながら何でかなーと考える。

音楽やな。太鼓のビートが散漫で、引き締まってない。全然律動が感じられないもん。篠笛もロクに聞こえてこないし。

神輿の担ぎ手も体力なさそう。

どんどこどんどこ太鼓が燃えればもっと盛り上がるんちゃうかなあ。祭り。

北朝鮮から拉致5人一時帰国。洗脳されているのか。家族を人質に脅されているのか・・・

10月 14日(

沖縄3日目。快晴。

朝食後、全員でチェックアウト。よねやまさんも完全復調。

石川経由で那覇へ。名残を惜しみつつ市内をぐるっと回ってもらい、那覇空港へ。アジア光俊さん始めオフ会参加各位にはお世話になりました。また来ないとね。

午後、帰宅。爆睡。

10月 13日(日)

沖縄2日目。快晴。

朝の習い性でTVをつけると「バリ島で連続爆破事件」。な。なにい? レギャンの「サリ・クラブ」が吹っ飛んで火の海の映像・・・イスラム過激派による爆弾テロか? 3月にガイドしてくれたパスティカたちの顔が思い浮かび、気にはなっても続報なし。そのままチェックアウト。

通りがかるタクシーの後部座席に何やらスッキリ満ち足りた毛唐が見えたりと如何にーもなソープ街の朝の通り。そこへアジアさんの運転するレンタカー到着。乗り込んでISAさんをピックアップに向い、沖縄オフ第2日目がスタートを切る。

首里城を右に見つつ沖縄自動車道に上がり、車は山原(ヤンバル)をひた目指す。時間調整で名護は轟の滝に寄り道した後、今帰仁(なきじん)のダチョウらんどでダチョウの背に乗ったりエサをやったりと童心に帰って戯れ、ビーチパーティー用にダチョウ肉(ロースとヒレ)をまずは調達・・・ごめんしてな。

本部(もとぶ)の写真館「スタヂオ沖縄」にてお約束のコスプレ記念撮影(琉球衣装)を済ませ、名護曲でイルカ肉を仕入れて準備完了。いざ目指せ、恩納村(おんなそん)、タイガービーチ。

午後1時半。心持ち強めな海風にてこずりながらバーベキュー開始。

ダチョウ:ヒレは刺身とタタキ。ロースでステーキ。
ニワトリ:ガーリックチキン。これはアジアさんによる南風原仕こみ。
山羊:刺身、タタキ、ステーキ、山羊汁、燻製と盛りだくさん。
イルカ:チイリチー風の炒めモノ。

調理人アジアさん八面六臂の大活躍。紺碧の海原を肴に食べに食べたり。我ら動物愛好会(笑)

「一口でゲロを吐く」とまで言われて農薬呼ばわりのインドビールの試飲(死因会)も同時並行で実施。出品銘柄は:

Cannon10000
dansberg
ARLEM

怖ろしいことに、酸いーdansbergですら何となく飲んじまった・・・これは常夏の気候のなせるしわざなのか??

今日は恩納(おんな)のペンションに全員で泊。よねやまさん、睡眠不足でギブアップ・・・

インドビールの祟り?

10月 12日(土)

朝、「一万人の第九」のレッスンに出席し、オフィシャルレッスンCD&教本「佐渡裕とつくる1万人の大合唱」をゲット。この内容。佐渡裕さんの願いがひしひし感じられる。熱いわ。濃いわ。心強いわ。

帰宅して午後、女房を伴い御堂筋線、南海高野線、JR阪和線と乗り継ぎ関空へ。いよいよ沖縄入り。

午後6時半、那覇空港到着。夕闇に沈んでいく那覇の街並みをタクシーにてホテルまで。あらかじめの情報どおり、そこはお見事なまでにソープランド街のど真ん中。ほほう。ええのう。あ。いや。なに。我がタクシーに手を振る店店の蝶ネクタイくんたちを尻目にチェックイン。萌えてる場合じゃありませんしな(笑)

予定の午後9時を待ちきれず安里の「うりずん」へ。

イラストレーターのよねやまゆうこさんが既につくねんと予約席に。先乗りの彼女、既に那覇市内でめぼしい所は制覇しちまったそうで。那覇でもう何日過ごしたかよく覚えてないよねやまさん、既に「てーげー」な沖縄モードにどっぷり。

やがて大幹事アジア光俊さん来店。彼は今回の沖縄オフ会の主催者。ISAさんと沖縄在住の葉子さんが合流して愉快に盛り上がる沖縄料理とオリオンビール、そして泡盛の一時。

2次会、隠れ家的な餃子屋にいざなわれ、とっくに全員飽和状態のはずだったのが一口いったその瞬間、一同そろって顔色が変わり、みんながつがつ食い始める。貪るとはまさしくこれ。ニンニクの粒がそのまんまの姿で入った絶品。こんなの今まで神戸でも満州でもどこでも食べたことないわ。そんな我々にアジア先生鼻高々。むむー。この人ほんまに東京の人か?

宴の果て、ホテルに戻ると周辺事態はネオンびっかびかの不夜城モードたけなわ。

まあ・・・ええねんけどね(笑)

10月 10日(木)

今日から大阪支店に缶詰め。2003年の予算構成をめぐる諸々の事務作業。

しかし年内もさりながら、来年度は考えれば考えるほど気が滅入る・・・

10月 9日(水)

映画「宣戦布告」を観る。監督石侍露堂、原作浅生幾。

多数の原発を抱える福井の海岸に座礁した不審な潜水艦が発見され、それを引き金として急激に緊迫の度合いを深めていく日本海を中心とした国際的軍事的状況・・・

北朝鮮をめぐる昨今の現状をいやでも思い起こさせられる迫真のストーリー展開。これぞまさしくシミュレーション。

国防とは。平和とは。国際関係とは。

文部省推薦にして中高校生に見せたい邦画だと思う。

あなたは「平和憲法」を護りますか。それとも家族の生命の安全を護りますか。

アフィニス文化財団から待望の「アフィニスサウンドレポート」なるCDが届くも、今日はオアズケ。

10月 8日(火)

TVドラマ「アルジャーノンに花束を」放映開始。

ダニエル・キイスによる原作は僕の最愛の小説と言ってもいい。何度読み返しても胸を打たれる不朽の名作だと思う。所詮は民放のTVだから・・・と期待はしてないけれど、せめて原作のイメージを壊してくれるなとはらはらしつつ見守る。

思い立って我が家のリンクに一項目追加。

2ちゃんねる用語解説

みんな面白いこと考えるもの。

10月 7日(月)

夕方、女房と待ち合わせて厚生年金会館へ。女房いたくお気に入りのいっこく堂大阪ライブ。ところどころ噛むものの、肝心の腹話術としてはキズ無し。腹話術にて物真似歌謡など、相変わらず意欲的な内容。

お付き合いいただいたT夫妻を交えた4人で遅い夕食。イタリアンのシェフと無国籍っぽいタイスキの取り合わせ。よかったんかいな?

10月 6日(日)

午前10時から始まる「一万人の第九」のチケット争奪戦。インターネットはサーバー大混雑で、気が付けば

「終了しました」

受付開始から20分足らず。はっやー。

♪おおきなのっぽの古時計〜、ゲストの平井堅効果、破壊的やな。

10月 3日(木)

朝、頭朦朧、大阪支店に出社早々、業務課長から電話。英語のレヴェルチェックの一環としてのインタヴュー、トップバッターだったっけ。いっぺんに目が醒める。

まずは自己紹介から始まり、「新聞読んでますか?」の問いにイエスと答えたのが運の尽き。

「最近の関心ニュースは?」
「北朝鮮問題です」
「説明してください」

北朝鮮とは何か。そもそも拉致問題とは。

拉致。工作員。不審船。偉大なる首領様。主体(チュチェ)思想。

答えられるかい。轟沈。

午後は午後で近所のYMCAにわざわざ出向いてTOEIC・IPテスト。

どないしたらすらすら聞き取りできるようになるのかなあ、英語。

10月 2日(水)

台風一過。大阪冷涼。

拉致被害者調査団が北朝鮮から帰国。

車のラジオで速報を聞いていると、続々読み上げられていくそれぞれの死に至るいきさつ。

肝硬変。心臓病。交通事故。水難事故。ガス中毒死。自殺。

やるせない。

しかもそれぞれの墓所は洪水で流れて亡骸は残ってない・・・?

不自然な。

子供が夏休みの最後の日にまとめてやっつけた宿題か?

10月 1日(火)

TVのニュース。札幌の西友元町店で返金騒ぎ。

産地偽装の豚肉販売への反省とお詫びの印にその分の返金を広告。そこまでは潔くてよかったものの、証拠のレシートも要求しなかったため、甘い汁に群がる浅ましい連中を招き寄せての大騒ぎとか。

「西友に行ったら金がもらえるぞ」

ケイタイが騒ぎを拡大したわけだ。

しっかしなあ。

レシートの提示すら要求しなかった西友ってどんな頭してたんだ? そんなことしたら何が起きるか予想すらしなかったのか。

そもそももらえるはずのなかった金なのに、支払いが中止されて怒鳴り散らすわ、警備員に暴力を振るうわ。

大東亜戦争で命を落とした日本の御先祖たちに、いったいどんな顔が向けられるのか?

9月 29日(日)

ガムラン公演本番。朝から京橋のクレオ大阪東まで。

朝から舞台設営と最後のリハーサルを重ね、バリ島の正装を身にまとい、夕方の本番を迎える。満員御礼。

序の口、少人数でこぢんまり奏でる涼やかなグンデルワヤンの楽曲。終わるや間髪間をおかず楽器を担ぎ、あるいは手に手に隊列となって客席を横断、舞台を目指してプスパ・レスティを奏でながら賑々しくバレガンジュール(行進)でコントラスト。しんがりを務めた我が大銅鑼(ゴング)、しっかしまさかあそこまで重たかったとは・・・

ステージに上がる際、衣装の裾を踏んづけて脱げそうになる。危うし下半身。上半身シャツだけ、下はシャツから生足が・・・セクシーキャバクラとかじゃないねんから。

ジャグル(グントラグ=鈴で参加)
ヌラヤン
トペン・クラス(以上ジュブラグで参加)
休憩
バパン・スリシール
ブリビス
チェンドラワシ
トゥルナ・ジャヤ(以上ジェゴガンで参加)

フィナーレ、ギラを演奏しつつ無事に幕。

舞台がはけて、ジェラダ先生一行をホテルまで。お勤めのラスト。

ほとんど日本語を解さない先生にインドネシア語で「サンパイ・ジュンパ・ラギ」それではまたと挨拶して去る。

バリ島に行ったのはこの3月なのになあ。インドネシア語もおさらいしなきゃ。

9月 28日(土)

ガムラン本番前日。

まずは朝、「一万人の第九」の練習をこなして速攻で梅田から帰宅し、自家用車(軽)にて上本町のスタジオへ。会場である京橋のクレオ大阪東へ向けて楽器一式を搬出、会場にメンバーを送り込んでから、ゲストであるバリ舞踊の踊り手イ・マデ・ジェラダ先生一行を迎えに宿所のホテルまで。

車を使っててんてこまい。

9月 24日(火)

微熱が残ってるせいなのか、脂汗をにじませながら出勤。やたらに長く感じるダルーい一日。

夜、ガムランの練習を終えて帰宅するとSKETCH SHOWのCD「Audio Sponge」がHMVより届いている。

でもしんどいので聴くのは今夜はお預け・・・

9月 23日(

あかん。微熱が。

連休最終日というのに寝たきりの一日。

右目は眼精疲労。肩凝り。全身の関節という関節が疼く。

・・・うーむ。

9月 22日(日)

大詰めを迎えて今日もバリガムランの練習。

右目が微妙に疼き脂汗がにじむので早めに上がらしてもらおうとしたら、引止めをくらう。来週に迫った公演に使用するジングルの録音要員てか。インドネシア風キンコンカンコン。なかなかのものやね。

あー。それにしてもダルイ・・・

眼精疲労に効くのは何か?

薬剤師でもあるメンバーのよっすぃーに言わせればビタミンB12の製剤が必要らしいが。

キューピーコーワ。べリックスA。メチコバール。

・・・うーむ。

9月 21日(土)

「一万人の第9」の練習から帰宅し、例によってネットの巡回をしていると、佐渡裕ファンサイト「PMFへの道っ!」の掲示板にて耳寄りの情報。

細野晴臣と高橋幸宏が久々に組んだユニットのCDが出たって?

その名もSKETCH SHOW、デビュー作が「Audio Sponge」。

よっしゃ。ネットで速攻オーダーや。

9月 20日(金)

有給休暇。

明石市に持ってたマンションを売却。明石駅前の某信託銀行にて清算を済ませる。

購入価格の半分以下で手放すことになるとは夢にも思わなかったなあ。おかげで負債だけが持ち家の夢の跡・・・

痛みを伴う構造改革やね。

夕方、神戸三宮まで戻り盛岡から来たちょじーさんを迎えに行く。すれちがい。女房がメールをうつと、手違いか勘違いか彼女は既に投宿先にチェックイン済みとのこと。速攻で元町のホテルオークラへ。神戸はお初の彼女のために、夫婦で南京町やらハーバーランドやらと連れまわしてあちこち食べ歩き。お口に合ったかなあ。

それにしてもちょじーさんが来神したのは明日から二日間の日程で開催される第7回日本心臓血管麻酔学会学術大会総会出席のためだとか。

スゴイよなあ、ネット上の顔と現実の顔のギャップ。

9月 19日(木)

んー?

自宅のノートPCの表示に異変。

画面の右上「最小化」、「元のサイズに戻す」、「閉じる」などのアイコンがことごとく「0」とか「2」とか数字に化けてる。

「5」やら「6」やらいったい何なんやー

9月 17日(火)

雨。

小泉純一郎首相、いよいよ訪朝。

大阪から和歌山の得意先へ向う車中、NHKが刻々と速報を続けるのに耳をそばだたせる。やはり何と言っても歴史的な一日になるだろうしな。

もどかしい時が経過するうち、事態に進展が現れる。おお。あいつら拉致した当事者であることを認めたと?

しかし・・・その後はいけない。結果は衝撃的な悲劇。

席を蹴って東京へ帰るべきか。国交正常化交渉へ踏み出すか。その時の首相はとてつもない孤独と重圧を感じたことだろう。心中察するにあまりある。

拉致被害者家族の無念さは痛切に分かる。野党はおろか与党内からすら沸き起こる批判もあながち的外れとは言い切れまい。しかし、事実の一端がここまで国際社会の明るみに出てきた以上、もう日本国としては後戻りなど出来るものではなかろう。

誠心誠意の結果を見せないうちは日朝友好などどうでもいい。沈没の瀬戸際にあるならず者国家に具体的な落とし前をつけさせること。そのための交渉再開でなければ、それこそ北朝鮮に拉致されて命を失った人たちに申し訳が立たないぞ。

9月 16日(

午後、女房をともなって関西国際空港へ。

ついに市内の友人M山一家3人、新天地米国へ向う。遊び仲間が太平洋の彼方へ遠ざかるのは寂しいものの、査証の発給が遅れたせいで家財道具は既に渡米しながら身の回りの荷物が夏物以外すっからかんという宙ぶらりんの中途半端状態が解消することは一家にとっては好ましい。

餞別は道中の暇つぶしを兼ねて本を二冊。

「昭和天皇(上)」ハーバート・ビックス著
「反米という作法」西部 邁・小林 よしのり著
我ながらシャレがキツイかも(笑)

出国へ向けてゲートをくぐっていく彼らに向ってタイ語で

「チョーク・ディー・ナ!」

お達者で、と声を掛ける。彼に従うタイ人細君の眼がきらりとしたのは、あるいは涙だったかも。

それにしてもデトロイトを経てテネシー州ナッシュビルか。遠いなあ。

9月 14日(土)

午前、「一万人の第9」の練習を終え、梅田を歩くとAV女優の長瀬愛を目撃。か。かわいい。

夜バージンシネマズにて先行上映の「サイン」を。「シックスセンス」のシャマラン監督の最新作。この人、一貫して超自然現象を主題として取り上げ続けるように見えるけど、家族の絆がその状況下で描き出される様には心打たれる。

いいわ、今回のも。

9月 11日(水)

終日上司に憑依される。

相も変わらず事細かなことまで指図しまくり。目先のことばっか。しかも首尾一貫性なし。

意趣返しにノンストップで20時過ぎまで客先連れまわし。大阪府内を八尾から泉南まで行って松原へ。

過労死させたる(笑)

9月 9日(月)

いよいよ一ヵ月後に迫る沖縄行きをにらんで宿の手配。インターネットでなんとかなるところから選んでみるか。

旅行社であたると高級リゾートみたいな業界的に旨味がありそうなとこばっかで高いもんな。

9月 6日(金)

秋雨の中をとぼとぼ歩いて仕事先へ急いでいると、女房からメール。

「宇多田 ヒカル結婚」

ぎょ。彼女まだ19歳やろ。マジかい?

9月 4日(水)

兵庫県伊丹のT橋家に向かい、懸案だったガムラン楽器を引き取ってくる。

ガンサ族の中心楽器「プマデ」

さあこれでいっそう気合いれて練習せにゃな。

9月 1日(日)

午前、スタジオエッグスにてガムランの練習。

取って返してバージンシネマズへ向かい、ジョン・ウー監督の新作「ウィンド・トーカーズ」を観る。

時は第二次世界大戦末期。舞台はサイパン島。そうくれば当然物語は玉砕へと追い込まれていく日本軍の描写を避けて通るわけにはいかない。それは分かるものの、戦争の愚かしさは承知するものの、圧倒的な火力で吹き飛ばされていく日本軍の姿に胸がつぶれる思いは如何ともしがたい。

白人とナバホ族の友情だ?

不愉快な感情がわだかまり、なんとも言えない後味の悪さ。

夕方、市内のM山一家と焼肉でそんな気分を解消。彼ら月内には渡米となることを祈る。

8月 31日(土)

「一万人の第九」の練習、今年もついに開始。きたきたきたーっ。2002年ももう終わりやーっ。

夜、バージンシネマズにて噂のおバカ映画「オースティンパワーズ・ゴールドメンバー」を観る。傍若無人のシモネタ炸裂。

下品に国境なし(爆)

8月 30日(金)

黛敏郎ファン序破急さんのサイトでCD新譜情報を仕入れ、タワーレコードにて早速入手。

橋本國彦:交響曲第1番他

レーベルはNAXOS。日本の作曲家シリーズの最新盤。

伊福部昭と並んで黛敏郎の音楽に大きな影響を与えた重要な師匠格の作曲家なのにもかかわらず、敗戦後、戦時体制のもとで活躍したことを咎めだてされて、長らくタブー扱いだった作曲家。それが橋本國彦だ。

しかしそれがどうしたというのだろう。戦争中いけいけどんどん国民を煽りに煽ってたくせして戦後そんな事実にほっかむり、日本国を糾弾し続けて今日に至る朝日新聞。あいつらみたいな自己中で偽善的で見下げ果てた浅ましい連中を思い浮かべる時、橋本のなんと潔かったことか。

ここはいちばん、虚心坦懐、橋本の歌に耳を澄ませてみよう。日本人であることは、胸を張るべきことなんだ。

小泉純一郎首相が来月北朝鮮を訪問するとの報道。

青天の霹靂。

8月 26日(月)

神戸のFさんからの連絡。

先生、9月の神戸はキャンセルとのこと。

もう81歳におなり故、くれぐれも御無理はなさいませんように・・・

8月 25日(日)

昨日に引き続き、今日も大和郡山城ホールへ。今日は佐渡裕さんの指揮によるシエナ・ウィンド・オーケストラの演奏会。

まったくこのシエナという吹奏楽の超絶技巧集団、寸分の隙もない磨きぬかれた演奏を聴かせる一方で、とんでもなくノリのいいエンターテイナー揃いなのが痛快だ。

ジョン・ウィリアムズの「ファンファーレ」から「ローマの祭り」に至り、アンコールナンバー、もはやこれなしには終われない「星条旗よ永遠なれ」で舞台と客席渾然一体となった大盛り上がりの中で痛感する。

音楽って、ジャンルを問わず娯楽を極めてこそ芸術なんだ。

8月 24日(土)

午後、奈良県大和郡山まで佐渡裕さんの「指揮クリニック」へ。この企画は一年ぶり。

昨年もそうだったけど、佐渡さんの助言を得て受講者の指揮する「アルメニアンダンス・パート1」がみるみる変貌を遂げていくのを目のあたりにする時、音楽の奥深さにやっぱり心底感動する。

そして今年の収穫は、受講者中最年少の高校生指揮者。荒削りで、不安定で、ぱっと見いかにも危なっかしいけれど、その若々しい全身から奏でたい音楽がはちきれんばかりに感じ取れる。

佐渡裕さん曰く、

「若い頃の僕を見てるようや」

頑張れワカゾー!

8月 23日(金)

奈良県法隆寺の得意先同行。京田辺辺りまで。

一緒に回ったMさん、若かりし頃香港を旅した際、伝説の安宿「重慶大厦(チュンキンマンション)」に泊まったとのこと。おお。これはツワモノ。かつて逍遥した返還前のネイザンロードの夜景が思わずまぶたに浮かび上がり、旅情纏綿。

「行ったことないから韓国に行きたいなあ」とのことゆえ、板門店ツアーを強くお薦め。JSA(共同警備区域)のゴルフコースなんて一見の価値、大だしね。

なんてったって、フェアウェイの周りが地雷原なんだそうだから。

8月 21日(水)

女房の誕生日。

CDや本以外、基本的に買い物に興味がない人間なので、まじ何買ったらよいのか毎度のことながら皆目見当がつかん。

うーんと唸りつつ街を徘徊すると、イタリア小物が目に入る。

ダチョウ革の小銭入れ・・・か。

色は風水好みの女房向き黄色。秋に控える沖縄オフ会用にこれでいくか。

8月 20日(火)

夕方通常の練習でスタジオへ。

バリであつらえてもらったガムラン楽器が完成し、大阪港到着。しかも通関も切れたとの朗報。

いよいよ我が家にガムランがやってくる。わくわく。

帰宅するとインターネットで注文していたCDがHMVから届いている。沖縄出身の作曲家金井喜久子の童謡集。そして戦前に作曲された交響曲第1番の初演の模様。

週末に聞くべし。

8月 18日(日)

久々にギータクンチャナ、ガムランの練習。

きれいさっぱり抜けてるわ。

当然のようにシバキ回される・・・

8月 17日(土)

今日もごろごろDVD三昧。

「千と千尋の神隠し」
「ルパン3世・カリオストロの城」
「火垂るの墓」

夜、住基コード通知書類を誰がどこに保管したか女房と口論。自分で片付けたくせに決め付けて人のせいにするな。

挙句、天の岩戸にたてこもられる・・・

8月 16日(金)

夏休みだし、外は暑いし、終日家でごろごろ。

ビデオで「シン・レッド・ライン」を観る。監督・脚本のテレンス・マリックは超がつくほどの寡作家。他の作品知らんし。我が最愛の映画「ミツバチのささやき」で知られるスペインのビクトル・エリセとええ勝負かも知れない。

戦争映画、シン・レッド・ライン。舞台はガダルカナル島。日米激突の修羅場だ。残酷で容赦ない戦闘場面に次々と挿入される熱帯の色鮮やかな風景と動物たちの静謐なたたずまいが沁みる。

戦争の虚しさ愚かしさを叙情美の内に語りつくすとは・・・

神業やな、テレンス・マリック。

8月 15日(木)

大東亜戦争敗戦の日。マスコミもさほど騒がず。それでいいんだと思う。

今さら感情任せに賛成反対わあわあ騒ぐことはない。当時の世界情勢。そして日本がやったこと、米英がやったこと、支那がやったこと。そんなもろもろを冷静に見つめてみること。

そんな中から現代に至る歴史の流れが徐々に見えてくるはず。

たとえば、米国のしでかした「模擬原子爆弾」の事実。

戦勝国=正義の国家。敗戦国=戦争犯罪国家。

絶対、嘘だ。

8月 13日(火)

有給休暇。

張藝謀(チャン・イーモウ)監督の「初恋のきた道(我的父親母親)」をビデオで観る。主演の章子怡(チャン・ツーイー)の初々しい演技が胸を打つ。「ラッシュアワー2」での悪辣ぶりと全然別人やん。幕切れはお陰でこらえてもこらえても涙涙で顔ぐしゃぐしゃ。女房の手前恥ずかしいけれど、感動は禁じえない。美しい物語。映画館で観てたら号泣してた恐れが・・・

(ちなみに、カタカナにて「ツィイー」と表記されることが多い彼女の名前。北京語知らんヤツによるアカラサマな間違い。Ziyiと書いても北京語発音では「ズーイー」もしくは「ツーイー」としか聞こえるはずもなし)

昼前、検便検尿握りしめつつ堺駅前のクリニックへ。夫婦揃って一泊二日の人間ドック。総コレステロールだけはマシになりつつあるものの、脂肪肝やらギリギリで踏みとどまる糖尿やら、死出の旅路は確実に辿ってまんな。

一日目のメニューが終わった夜、部屋のTV、NHKスペシャルにて「幻の台湾沖航空戦」に関する特集。

信じられないことながら、陸軍と海軍、最後の瞬間までまともに共同作戦の遂行が出来なかったとは・・・

縦割り行政の弊害。現場の実情が本部にまともに伝わらないという情報流通のアンバランス。

日本人の根本は不変だというのか。

8月 11日(日)

女房は今日も神戸でのYPCに出掛ける。

結局車で神戸に駆けつけると、ちょうど終演後。からくも楽屋口にて佐渡裕さんに挨拶だけはかなう。

「明日から3日間休みやねん」

佐渡さんお疲れさま!

女房に誘われてお付き合いいただいたY田さんにもYPCはお気に召したようで何より。

おりしも開店3周年目のワルンバリにてインドネシア料理とバリハイ・ビールを満喫し、帰宅。

「利家とまつ」はいよいよ賤ヶ岳(しずがたけ)。危うし柴田勝家。数のオゴリがあなたを死地へと追いやっていくのか・・・

8月 10日(土)

午後、大阪のNHKホールへ。

佐渡裕版「ヤング・ピープルズ・コンサート(YPC)」第4弾。

会場にてロレンツォさんと初対面。佐渡裕さん後援会の今後について若干の意見交換。やはりまずはネットでの交流を濃密にしていくのが次善の策か。吉村さん管理の公式サイトにロレンツォさんとこの早耳情報サイトとそれぞれの持ち味を活かして相互補完的な機能が強化されるとこからかな。

コンサート内容は第4弾ともなれば随分こなれたもの。とりわけ先だって上京して聴いた全盲のピアニスト辻井伸行少年の紡ぎだす音楽に心が洗われる思い。

13歳にしてあの「ラプソディー・イン・ブルー」・・・いつかラヴェルを聴かせてほしい。吉松隆師匠のも。

楽しいだけでなしに、聴かせるYPC。まさにバーンスタインの願い通りの発展だろう。

終演後、玉造の浜富に超久々に顔を出し、泉北のバージンシネマズまで車をかっ飛ばして「トータル・フィアーズ」を。

地球の現実はエンターテインメント化するにはさぞ重いものだろうに、ハリウッドも健闘するもんだ。山場の音楽がいきなりプッチーニ。トゥーランドットの「誰も眠ってはならぬ」

圧倒的な凄み。

8月 9日(金)

長崎プルトニウム爆弾の日。

昭和20年。なんて年回りだったんだろう・・・

黙祷。

8月 8日(木)

キム・ワンソプ著「親日派のための弁明」読了。

ゴッリゴリの反日だった韓国人がよくもここまで公平な歴史的事実に開眼したものだと感服。韓国当局の弾圧にも負けてないこの人、正真正銘のジャーナリストだわ。

わあわあ戦前の日本にまつわる悪宣伝をまくしたてる連中。

よく考えてみれば、あいつら、手前らの履歴を何としてでも隠蔽したいだけなんだ、結局。

日本人はもっともっと、幕末維新からこっちを生きてきた御先祖たちの歴史を正々堂々、学ばなければダメだ。

8月 6日(火)

広島原爆の日。

出勤途上、AMをつけるとその時刻。黙祷。

それにしても。

考えてみれば、かくのごとく日本人を大虐殺した上で正義の味方ヅラをし続ける米国、広島・長崎の後も、ベトナム全土にダイオキシンばら撒いて、湾岸戦争でバグダッドにミサイルを雨あられと撃ち込んで、タリバンのアフガニスタン全土にも燃料気化爆弾を投下しまくり・・・現在に至る。

それほどまでにアジアの民草を抹殺したいのか。

合衆国、そうなればナチスドイツとどれほどの違いがあるのか言うてみい。

テロを食らうのは食らうなりの原因があるのだ。

8月 4日(日)

朝、サンテレビで7月3日兵庫県公館で行われた舞台芸術シンポジウム−「芸術文化センター(仮称)」と「付属交響楽団」に賭ける夢と期待−の放送を。

何気に見ていると、最前列で見ていた我々夫婦が突如ドアップで映り仰天。CMなしのノーカットとはやってくれまんな、サンテレビ。

夕方、予約時間を過ぎて待望のエアコンがやってくる。設置の依頼が見るからに殺到しているようで。

ともあれ、ようやく生き返る思い。

8月 3日(土)

午後、SMAPのコンサートに出掛ける女房を駅まで送り、その足でヤマダ電機へ。エアコン即決で購入。もうこれ以上我慢できん。

それにしても欲しいタイプの在庫切れが目立つ。在庫を持ちたくないのは理解できるが、仕入れ担当しっかりせんか。

ADSLのためのルーター買って帰るも、やっぱLANケーブル、ストレート型じゃないとアカンやん。

店員の嘘つきー。

8月 2日(金)

佐渡裕後援会「ゆたか会」から10周年記念の文集がようやく届けられる。

添付の巻物文書によると、「ゆたか会」は解散・・・

確認するとネットの方も閉鎖。

吉村純さん管理の佐渡裕公式サイトは掲示板とともに存続しているので大混乱には至らないやろ。

ともあれ、新生「ゆたか会」のために何が出来るかな?

8月 1日(木)

朝から神戸本社にて全国会議。

近畿二府四県担当を代表してプレゼンテーション。ま、パワーポイントは上司が作成し、マウス握りしめてクリックに執着するもんで、今回は傀儡の立場でしゃべくり専従。ラプソディックに喋って持ち時間7分のところを13分やっちまう。自己陶酔型やな、我ながら(笑)

USJ今度は火薬の杜撰な管理が発覚。ハリウッドマジック、おじゃん。

7月 31日(水)

小林よしのり責任編集による雑誌「わしズム」vol.2が出てたので、買う。

「漫画と思想。日本を束ねる知的娯楽本。」と銘打たれた雑誌。「東大一直線」の作者がずいぶん激しい物言いをするなあと思わないでもないけれど、「なんでやねん? それは違うやろ」とは言わせない説得力と表現力が存在するのは間違いない。

自分だけ一段高いところにいるつもりで反戦だ人権だ護憲だ日中友好だと浮かれる手合いにはうっとおしい存在だろうけどな。

7月 29日(月)

有給休暇。

大船から直通線で新宿へ出、横須賀から出てきたマグロ部長ことけいこさんとその友だちと三鷹駅にて合流。三鷹の森ジブリ美術館へ。

昔、「大学生にもなってアニメかあ?」などと軽んじていた先入観を小気味いいほど木っ端微塵に吹っ飛ばしてくれたのが「風の谷のナウシカ」だった。絵の動きが違う。色彩が違う。音楽が違う。ドラマの仕立てが違う。キャラクターの立て方が違う。何より壮大な世界観、人間観が違う。

それ以来、宮崎駿ワールドに夢中となり、「天空の城ラピュタ」、「となりのトトロ」、「紅の豚」、「魔女の宅急便」、「耳をすませば」、「もののけ姫」そして「千と千尋の神隠し」にいたるまでほぼすべてリアルタイムで鑑賞してきた。さかのぼって「ルパン3世カリオストロの城」も遅ればせながら。そして絵コンテまで買ってきて読み込んだ。なぜこんなに圧倒されるのか、その秘密を解明したかったから。

昼に入館して夕方まで飽きることなく宮崎宇宙を館内すみずみに至るまで満喫するおっさん。すなわち僕(笑)

ここは子供だけの場所じゃないよ。オリジナルラベルのビールまであるし(笑)

帰宅するとエアコン不調。何故だ。マンション改装工事のせいか?

7月 28日(日)

午前Kくん一家と「千と千尋の神隠し」をDVDで観た後、外出。

駅に程近いインド料理店「マハラージ」に入ると「オヒサシブリデスネ」とインド人の店主に声を掛けられる。おお。これは嬉しや。覚えておいでか。2年ぶりで口にした焼きたてのバターナンは甘く、香ばしく、もっちりとして相変わらずの絶品。これも嬉しい限り。

鎌倉芸術館での佐渡裕さんと東京都交響楽団による演奏会。

バーンスタイン:キャンディード序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:及川浩治)
ストラヴィンスキー:春の祭典

舞台から2列目でど真ん中。細部まで聞き分けられる春の祭典の細かい芸当にストラヴィンスキーの技を見た。

またKくん宅で夕食を共にしたあと、奥方様の運転で大船駅前のホテルへ。

7月 27日(土)

上京。想像を絶するヒートアイランド現象に閉口。

午後、渋谷のアムウェイ本社にて佐渡裕さんと少年ピアニスト辻井伸行くんに作曲家三枝成章氏を交えてのバリアフリートーク&コンサート。

辻井少年は生来のめくらだけれど、だから可哀相だとか、なのにスゴイとか、そんなことは一切思わない。すべてはめいめいが持って生まれた道だから彼は彼としての人生を歩むだけのこと。

彼の奏でるとびきりのショパンやドビュッシーを聞きながら感じたのは、例えば視覚を持たずに生まれ育っても、それを補って余りある感覚が発達するものなんだな、と言うこと。かえって「五体満足」に生まれ育つことで僕には何かが失われてるのかもしれない。これはよくよく自省すべきことだ。

辻井少年は作曲家としても大きく成長するな。アンコールに弾いた自作曲を聞きつつ予感。

新宿に出て盛大な沖縄のパレードを見物し、イラストレーターのよねやまゆうこさんと合流。

夜、懐かしい大船に向かい、中学以来の友人Kくん宅にお泊り。

7月 26日(金)

業界主催の講演会で千里阪急ホテルまで。

大阪府食品衛生課の職員による話しで、内容はまさに時宜を得たもの。人の口に入るものを何で皆そんなに無下におろそかにする?

賞味期限切れのお肉に工業用水。

ユニバーサルスタジオジャパン。何処へ行くのか?

農薬特濃野菜に肝臓障害の痩せ薬。支那の品々を口にしてみんなしなしな(おやじぎゃぐ失礼)

7月 24日(水)

夕方、梅田のザ・フェニックスホールまで「オンドのある暮らし」と題されたコンサート。

20世紀が産んだ代表的な電子楽器によるアンサンブル。ソ連のレオン・テルミンが開発した「テルミン」が二台。そしてフランスのモーリス・マルトノが製作した「オンド・マルトノ」が二台。見慣れた楽器はピアノくらい。

オンド・マルトノには鍵盤が付属してるとは言え、周りに立ち並ぶ数種のスピーカーが木目調に未来風。テルミンにいたっては演奏家が左右の手を楽器から突き出した二本のアンテナにかざして音程、音圧を変調させて奏でる相当シュールな風情。

音色はと言えば、いずれも機械的で耳障りなものには程遠い素朴な響き。むしろ人懐こい歌声かも。

オンド・マルトノって実はNHKの大河ドラマ「伊達政宗」や「八代将軍吉宗」のテーマに使われてたんだけどな。

会場にはテルミンの第一人者、竹内正実さんやオンド・マルトノの原田節(たかし)さんの姿もあり。

梅田第3ビル地下の「OKINAWA」で夕食を済ませて帰宅。

7月 23日(火)

ギータクンチャナ定例の練習日。

翌日に控えたパリ行き。切羽詰ったリーダーの血管が切れそう・・・

7月 22日(月)

女房が予約してたDVD「千と千尋の神隠し」を観る。

ストーリーは無論、映像表現と音楽の力が渾然一体となる世界。

日本人の想像力、捨てたものではない。

7月 21日(日)

朝、女房の運転で上本町に出、バリガムラン、ギータクンチャナの練習。9月の自主公演に向けてまたぞろテンションを上げて行くのか・・・

午後一、阪急西院よりはあはあ犬のごとく舌を出しつつ暑熱の京都をカフェ・エルガーに顔出し。ホルスト自作自演の「惑星」のCDで歓迎を受ける。店主の山田さんにバントック作曲の「ケルト交響曲」を薦められる。弦楽合奏と6台のハープのための音楽か。どんなんやろ?

夕方、暑さに完敗。空調をきかせたタクシーにて京都市役所横のホテルオークラへ。メコンプラザ主催の清水さんが東京から来られると言うので京都周辺の東南アジア好きが一同に会するオフ会。場所を市役所向かいの本能寺会館に移して盛り上がる。

タイの古典音楽をたしなむ人、ビルマ連邦のシャン州の歴史を熱く語る人。なんとバリ舞踊のプスパクンチャナに関係する人まで。

多士済々。

7月 20日(

朝から京都の東映撮影所まで。シナリオ通信科のスクーリング。集まったメンバーは現役の女子大生あり、タクシーの運ちゃんあり、主婦あり、大企業の元重役ありと人生模様さまざま。

色んなものに手を出しすぎなのは承知の上で、温めているアイデアの実現は何としても図りたいもの。

手堅く生きるのも、人生。

奔放に生きるのも、人生。

逃げを打つ以外なら、夢を保ち続けることが出来るのなら、どんな人生もきっと正解に通じている。

そう信じたい。

帰り、梅田の紀伊国屋書店に立ち寄る。

「親日派のための弁明」なる韓国人作家キム・ワンソプの新刊を入手。

日本の近代は、知れば知るほど世界に誇れるものなんだ。

この本を読んで反省し、謝罪してみい、朝日新聞め。

7月 18日(木)

マネージャーに宿まで迎えに来てもらい、2日目の日程をこなす。

「大村神社」の前を通過。昨日から気になっていたので聞いてみると、案の定近代日本陸軍の祖・大村益次郎を祀った神社だった。

歴史の土地に気分高揚。萩にも行きたくなってくる。

夕方、速攻で大阪に戻り、女房と合流。サンケイホールで佐渡裕さんとアントニオ・ガウディを信奉する建築家外尾悦郎さんの対談を傍聴。

前人未到の境地をひた目指す二人の語り出す壮大で愛情あふれる世界観。

素晴らしい力を分けてもらえた至福のひと時。

7月 17日(水)

山口へ出張。

新幹線を小郡で下りると雨。しかも雷まで。どうなることかと思っていると、徐々に天気は回復。一安心。

夜、湯田温泉に投宿。宿の向かいは中原中也記念館。井上馨生家跡の高田公園。

さすが長州藩。傑物ぞろい。

しかしよくもまああれだけの人材が同時期にこの地域から輩出したもんだ。桂小五郎。吉田松陰。高杉晋作。久坂玄瑞。伊藤博文・・・

天の配剤・・・か。

7月 14日(日)

所用を片付けるべく、朝一金沢から単独で帰宅。

夜、バージンシネマズまで「エピソード2・クローンの攻撃」を。期待せずに行くと、これが収穫。嬉しい誤算。スターウォーズ・シリーズ最高の出来栄え。

それにてもナタリー・ポートマン、よくあんなに綺麗な女に成長したものよ。

私はアナキンになりたい(笑)

7月 13日(土)

朝5時起床。

上本町のスタジオを8時に出発、ガムラン一式を積み込んだバスはひたすら雨の古都金沢へ。

お城での演奏は折からの雨により遺憾ながら不可能。会場は雨天のための石川県女性センターに。

加賀百万石・金沢城四季物語」の一環として、韓国の打楽器アンサンブル・トゥルソリ、支那の胡弓(二胡)と古箏の二重奏と踵を接してわがバリガムラン「ギータクンチャナ」と舞踊の「プスパクンチャナ」が共演。

トゥルソリ4人組の息もつかせない火を吹かんばかりの熱演。胡弓の奏でる「蘇州夜曲」から喜納昌吉の「花」に至る歌の数々が胸に迫る。

胡弓、欲しいなあ。ラヴェルを弾きこなしてみたいなあ。

7月 12日(金)

誕生日。

嬉しくもなく、悲しくもなし。大して感慨のない当たり前の一日。

出会いと別れをこもごもに味わい、知識や経験を豊かに積み、同時に体力を失っていく。人生。

何事もあるがままに受け入れること。

ただひたすら、それだけだ。

自分で自分にCDをプレゼント:
ボロディン:交響曲全集
英国弦楽小品集vol.4(お目当てはホルストのムーアサイド組曲弦楽版)
シェーンベルク:グレの歌(ブーレーズ指揮)

女房からもらった枕でありがたく就寝。

7月 10日(火)

会議長引き、ギータクンチャナの練習には出れず。

夜、ダークエンジェル・セカンドシーズンのビデオを2本連続で。

7月 8日(月)

翌日に控えた上半期総括の会議準備。

夕方、兵庫県西宮に移動。本部長栄転の送別会。

わざわざ西宮に会場を置いたのはこの新取締役たっての希望。カントリー&ウェスタンを生で聞かせるこの店の経営者が元社員というゆかりによる。

早期退職して部長職を辞し、趣味のギターとボーカルを生かして悠々自適の第二の人生。

こんな生き方に心から拍手。

7月 7日(日)

午前、ビデオで「Meet the parents」を見てから、大阪府貝塚市のコスモスホールへ。

ジャズトランペットの原朋直さんを迎えて佐渡裕さんとシエナ・ウィンドアンサンブルによるヤングピープルズコンサート(YPC)。昨年と同じ内容ながら、会場の子供たちは全身で演奏会を満喫している様子が清清しい。

オーラスは最早お約束の「星条旗よ永遠なれ」

初めての会場とは思えないほどステージに勇んで上がっていく青少年の波。オッサンも負けてられません。3月にバリ島で仕入れた「チェンチェン・コビャ」なるシンバルの親戚を両手にしんがりとなって舞台に馳せ参じ、オッサンおおはしゃぎ。

聞くばかりでなく、演奏に加わることが出来る喜びはひとしお。

あれ、若い子達にとっても一生ものの宝物になると思う。

夜、日曜洋画劇場にて「ダークエンジェル」。

7月 5日(金)

オン・デマンドの書籍「伊福部昭・タプカーラの彼方へ」(木部与巴仁著)が届く。

「ゴジラ」の音楽だけでも十分スゴイけど、北海道の生んだ空前絶後の大作曲家、もっともっと作品を鑑賞したいもの。それも出来る限り実演で。

7月 4日(木)

待望のダークエンジェル・セカンドシーズンのDVD発売。

ジェシカー。ジェシカー。

待ってたんやでー。

またまたダークエンジェル依存症の日々が始まる(笑)

7月 3日(水)

有給休暇。

午後、神戸の兵庫県公館にて開催の舞台芸術シンポジウム−「芸術文化センター(仮称)」と「付属交響楽団」に賭ける夢と期待−を視聴。

芸術監督に就任した佐渡裕さんと文化庁長官河合隼雄さんそして井戸兵庫県知事による鼎談。

談論風発。丁々発止。ユーモアをたっぷりまぶしながら、繰り出されるアイディアは聞いているだけで想像力を刺激され、震災復興10周年、2005年の開館に対していやます期待。

兵庫県。よくぞ得難い人材を招きえたものよ。

夕方、大阪はフェスティバルゲートにてインド映画「マッリの種」を。ラジブ・ガンジー暗殺にまつわる少女テロリストの物語。

7月 2日(火)

定例のギータクンチャナのレッスン。

金沢に向けて「バレ・ガンジュール」のリハーサル。バリのいでたちでもって大銅鑼かついでボンボン鳴らしつつ100メートル行進。

体、鍛えないと・・・

7月 1日(月)

2002年も今日から後半へ。

夏らしい、というより、異常な高温多湿ぶりの一日。椰子の並木もないし。バナナが道端になってるわけでもないし。ましてや象さんがのしのし歩き回ってるわけでもないし。それでも。ここ大阪はほんまにヒノモトか?

たまらず帰宅後女房を伴い近所の温泉つきスポーツ施設に。体を動かすため、というよりは、銭湯がわり。

屋外プールの一隅に放してあるホタルを鑑賞。潤んだ闇にかそけきホタルの光が舞う。

なんとも幽玄な。

6月 30日(日)

しとしと雨の中、今週も午前中からギータクンチャナの稽古。公演日7月13日が刻々と近づく。ほんまについていけるんやろか。いつもながら不安。間違いばかりやらかすと、そのうちリーダーの顔つきがバリ島のガルーダみたいになってきた。アカン。よう目を合わせられへん。

夜、横浜においてついに世界杯決勝。

ドイツ対ブラジル。0対2でブラジル優勝。

勝ったブラジルの底力は大したもんだけれど、たった一人でゴールを全力で守り続け、2点を許して敗れ去ったオリバー・カーンの姿に感動。渋いぜカーン。

またまた今日もTSUTAYA。本日の収穫は「ミート・ザ・ペアレンツ」とタイ映画「ナンナーク」

これで今年も半分終わりか・・・

6月 29日(土)

北朝鮮、韓国領海を侵して銃撃戦。韓国側に死傷者多数。

奴ら何を企む?

6月 28日(金)

夕方小雨交じりの中、女房を伴い長居の温泉つきプール。

帰りにTSUTAYAで「クレヨンしんちゃん」と「無問題」を借り出す。

ナインティナインの岡村、いい演技してるやん。

6月 27日(木)

YAHOO!BBに返送しようとADSLモデムを箱につめる。

ああそうそうと外し忘れてた黒ねずみみたいなスプリッターを片付けた途端、今の今まで死んでいたリーチDSLモデムがいきなり点灯。ブロードバンド見事に開通。

原因てこれだけのことやったんかあ。

エリックからメール。へえ。もうプレゼント着いたんや。早いなあ。

6月 25日(火)

ギータクンチャナの稽古から帰宅すると、近所から雄叫びが。

慌ててTVのスイッチを入れると。

うわっ。タッチの差でドイツがゴールを決めた瞬間を見逃したぞ。

韓国、善戦虚しくドイツに敗退。あの火の玉パワーをもってしても完璧防御のオリバー・カーンには通用せず。か。

6月 24日(月)

フランスはディジョンのエリック宛に出産祝いをようやく発送。第一子は男児。名前はアンブロワーズ。語感がフランスらしくていい感じ。

中身は色々考えて、赤ちゃん用の甚平と音楽好きの彼の為に宇多田 ヒカルの新譜「ディープ・リバー」にした。発送が今日になったのはこの発売を待ってたせいだ。

気に入ってもらえるかな?

6月 23日(日)

午前、7月の金沢公演を控えてバリガムランギータクンチャナの稽古。いよいよ正念場。

自己練習用に使用中のMDも7年使ってガタガタ。もったいないと思いつつ、一念発起、近場のジョーシンで新調。ホントにコンパクトになったもの。

夕方、ヴァージンシネマズにてダラボン監督の「マジェスティック」を。年老いた親爺さんの迫真の演技。

アカン。泣いてもた。「アイアムサム」より効いたな・・・

後味のいい映画。

6月 22日(土)

ワールドカップもいよいよ佳境に。

韓国対スペイン戦:PK戦までもつれ込んだ挙句、韓国勝ち抜き。
トルコ対セネガル:ゴールドゴールでトルコの勝利。

アジア優勢。

M山一家と焼肉晩餐。渡米はいよいよ来月12日に確定。

6月 21日(金)

夕方、大阪福島のザ・シンフォニーホールまで「音楽の祭日」なる催しへ。入場無料。

目当てはデルリュー・ピアノ・デュオによる近藤浩平さんの作品「栃の木(3つの木の組曲より)」。標題と表現の関連は聞いただけでは分からないけれど、自然な歌心にあふれる音楽。組曲通しで聞きたいもの。

前後して演奏されたラヴェルの「パゴダの女王レドロネット」。あらためて聞くと、ラヴェル、なんて無駄のない効果的な音楽を書いたんだろう。

阿倍野のHMVにて久々に買って帰ったCD:
大栗裕作品集(NAXOS日本音楽シリーズ)
ムソルグスキー「禿山の一夜」ルネ・レイボヴィッツ指揮
ホルスト「惑星」2台のピアノ編曲版

6月 18日(火)

得意先の所長と同行。高架化した阪急川西能勢口駅の変貌振りに驚く。まるで知らない街だわ。

所長のいわく「地震がありましたからね」

虚を突かれた思い。そうか、ここ川西にも被害が及んでいたのか。

パチンコ店で作業をしていると、いつの間にか僕らの周囲に人がぎっしり。何事かと思いきや、みんなの視線は中空へ集中。そこにあるのは大型のTV画面。そうそう。日本対トルコ戦始まってるんだ。

結果は善戦虚しくトルコに敗退。ベスト8入り果たせず。目覚しい戦いぶりだったとは言うものの、無念。

夜、韓国−イタリア戦は何と韓国勝利。熱い集中ぶりに表敬。どこまで行けるか楽しみやね。

6月 16日(日)

午前、神戸三宮に出、南京町にて昼食。

午後、元町。

今後何が起きようとも性根を据えていかないと。

6月 14日(金)

ワールドカップ、日本−チュニジア戦。舞台は我が家に程近い大阪長居。

2対ゼロで日本の勝利。

よーしよしよしよし。

6月 13日(木)

支那政府またも暴挙。パターンはこの前と何一つ変わらず。しかし今回の舞台は何と首都北京の韓国大使館。

北朝鮮からの亡命者を引きずり出す武装警官。激しく抵抗する韓国大使館員。そんな韓国人を殴りつける支那警察。TVの前で繰り広げられるこの光景はなんだろう・・・

奴らにとっては日本だろうが韓国だろうが、周辺諸国は所詮虫けらなんだな。気の毒に。そんな姿が国際社会にどう映るのか一顧だにする知能もなく。

暴支膺懲(ぼうし・ようちょう)。

ま、自滅への道を歩むんだろうけど。

日中友好30周年。虚しいねえ。いずれ四分五裂の内乱状態に陥るだろうし。

その時日本、どうする?

6月 11日(火)

一挙に梅雨らしくなる。

土砂降り。スタジオエッグスまで雷雨の中を車で向う。

6月 9日(日)

ワールドカップ、日露因縁の対決。何が何でも勝てよ。

よっし!

日本、勝利。朝日新聞には苦々しい限りかもしれないが、日本人が祖国に誇りと自身を取り戻すのは何よりも慶賀。

北方領土も取り返せ(笑)

6月 8日(土)

夜、バージンシネマズまで。

「アイアムサム」レイトショーねらいで行ったところ、あろうことか満席。そんなん有り?

そのまんま零時始まりのを待ってられないのでやむなく時間調整で「少林サッカー」をまた観る。やはり面白い。

「アイアムサム」は予期したほどには感動せず。でも子役の少女は信じがたいほどに無垢で愛らしい。日本にはこんなスゴイ子役が出ないのは何故だろう。

6月 7日(金)

会社のイントラネット上に全従業員に向けて人事からの警告。

「インド・パキスタンへは公私を問わず渡航自粛のこと」

核ミサイルの撃ち合い。核戦争。

・・・考えたくないなあ。でも、可能性を否定できる根拠もまるでないしなあ。ま、かくなる上は21世紀の人類がどこまで英邁か、はたまたどこまで愚か者か、ひたすら見守るのみか。

それにしても、係争の土地は、いっそのこと国連による信託統治領にした方がいいんじゃないか?

6月 6日(木)

しっかし大して興味がないとは言え、ワールドカップのチケット売れ残り騒動の不細工さはどうだろ。

FIFAの体制の問題。販売代理店バイロム社の杜撰さ。

いずれにせよケツに火がついてから騒いだって遅いわ。日韓が開催地でまだよかったってか?暴動が起きずにここまで来てるのも問題なのかもな、ある意味。

Yahoo!!BBからリーチDSLのモデム到着。

さあて、今度こそホンマに上手くいってくれよ。

6月 4日(火)

夕方。気が付くと車のバッテリーが上がってる。スモールランプどころかヘッドライト全開にしていたことが判明。不細工。お陰で「ギータクンチャナ」レッスン欠席を余儀なくされる。

ワールドカップの結果:
日本対ベルギー:引き分け。
韓国対ポーランド:韓国の勝ち。
チャイナ対コスタリカ:コスタリカの勝ち。

やはり「少林」チームでいかんとな(笑)

6月 2日(日)

大和川のほとりに出来た温泉つきのスポーツ施設へ。

夫婦共々、ダイエット一からやり直し。

6月 1日(土)

映画の日。

躊躇なく「少林サッカー」なるあほあほ映画。予告篇見たときから「これは」と見初めてたもんで。

ブルース・リーを敬愛する香港の監督周星馳(チャオ・シンチー)が脚本を書き、主演もする。臆面もないパロディー炸裂。よきにつけ悪しきにつけ漢民族の徹底ぶりに圧倒されるエンターテインメント。理屈ぬきに爆笑。脱帽。

せっかくの映画の日だからと「アトランティスの心」も「突入せよ!浅間山荘事件」も午前中で終わってるので、捜し求めて天王寺のフェスティバルゲートまで。

金大中拉致事件を扱った「KT」。

目論見外れて正規料金二人分とは手痛いものの、阪本順治監督の硬骨ぶり、シビレルね。

それにしても事件の当時、11歳だった僕ら夫婦が暮らしていた神戸に連行された人が、今は大統領なんだからなあ。そして大統領に登りつめたその人の息子が今や汚職に手を染めるんだからなあ。

5月 30日(木)

朝5時半に起床。芥屋(けや)ゴルフ倶楽部へ。しとしと降り始める中続々とコースへとイン・アウト十五組ずつのお得意さんたちを送り出し。

そして訪れる雨の中のヒマヒマタイム。遅い朝食。早い昼食・・・

表彰式を終え、博多から帰宅すると21時。

5月 29日(水)

福岡へ出張。天神のホテルオオクラで得意先の業界経営陣を全国から招いてのイヴェント。

記念講演は西武ライオンズ元監督東尾氏。最後列で聞いていると残響と話し方のせいで不明瞭。ただ、内容が当事者でなければ知りえないものがぽんぽん飛び出すのが興味津々。ネタは鮮度抜群。場数を踏めば光りそう。

ディナーショーは辺見マリ。辺見だったら娘のえみりの方が・・・と思ったものの、通りすがりに見かけた彼女の放つオーラには圧倒される。往年の・・・とはいえ、やはり大スター。何が違うのやら。

翌朝に備え、中州に繰り出すこともなく就寝。

5月 28日(火)

翌日からの福岡出張を控えながら夕方「ギータクンチャナ」へ。

ブリビス
ウジャンマス
チェンドラワシ
マルガパティ

詰め込み式のバリガムラン練習。

5月 25日(土)

朝いちばん、PCを立ち上げた女房が「彼、キレテルで」。

おーやおや。「個人攻撃は耐えられない」と言ったり「みんなごめんよう、もうここには来ない」と泣き言を言ったかと思えば、一転自分のサイトでは「だんだん腹が立ってきたぞ」とこう来た:

「なんであんたにそこまで言われなきゃならねーの?
俺がいつ個人的に特定の人物を攻撃した?何ヒートアップしてるのさ?
正義漢ぶってるんじゃねーよ、古いことネチネチ出してさ。
蛇男かっての。
俺だって自分がしてきたことを踏まえて書いてるんだよ。それに
俺が書いたこと何か間違ってる?モラルなくなってるの事実じゃんか。
言いたいことあるんなら、メールで書けよ。こんなとこで書く必要ないし。

ま、ひとぞれぞれ育ちも違うし、考えも違うから、こういう意見が出てきても
当然だけどね。頭冷やすのはあんたのほうじゃねーの?

他の人たち、スマン。」

ははあ。まさしく2チャンネルの住人そのものやな。2チャンネルではみんな個人情報100パーセント虚構世界。だからあそこでは被害妄想モードに入った奴はあくまでも自分の中のシャドーと取っ組み合いをおっぱじめる図式だけど、まさか面識のある相手にこれがやれるとは。恐れ入ったよ、男30歳、パラサイトシングル。

自分は勝手放題他人のことはあげつらう。しかし自分のことを問われると、思考を停止させて「個人攻撃」などと被害者意識まるだしで前後の見境なくわあわあ騒ぎたてるこの性根。しかもこの取り繕いようもなくフルスロットルな罵詈雑言。

「ごめんなさい」とレスポンス付けた相手には「俺も無責任に書いちゃってみんな気分悪くしてるか、心配でしかたないんだ」と言う一方で、僕が「無責任と本人も言ってる」と言えば「無責任と思って書いてない」と返す支離滅裂ぶり。

うーん。

発言内容は頓珍漢だし、思考回路、言いたかないけど常軌を逸してる。

夕方、いまだカキコのショックを引きずる女房のお供で梅田コマまで芝居を見に出掛ける。

「新演歌の花道」

西条秀樹、錦野旦の2大スターにドンドコ山口が主役どころ。期待せずに見に行ったらこれが滅法面白い。往年のアイドルスターは今でもかっこよさ健在てのも感動ものだけど、山口智充が、おそらくはアドリブであろう物真似ネタをふんだんに繰り出し、大いに満場を沸かせる。鮮度抜群のオーラを発散させてる彼、今後どこまで化けるんだろ?

終演後兵庫県尼崎のニューアルカイックまでオペラファミリーこと橋爪万里子さんのオフ会、又の名を「とど&ぱぴよん歓迎レセプション」に駆けつける。

金聖響指揮の「コジファントゥッテ」に出演なさって疲れも見せない橋爪さん。聞きたかった・・・

5月 24日(金)

女房が毎日楽しそうにカキコする某サイトの掲示板に異変。常連の一人がこんなカキコ:

「みんなー、カキコしすぎだよー。一人で何回もレス付けるのって反則なんじゃないかなって、最近思うんだけど、俺だけかなぁ。もっと書くときに文章まとめればスッキリしてていいんじゃないかと思うんだけど。これじゃぁ、もし新人さん来ても、常連だけで引いちゃってカキコできないよ。どこかの本に「BBSがチャット状態になると、モラルがなくなって中傷とか始まって、ウェブマスターが管理できなくなってHP自体が閉鎖になってしまうことがある」って書いてあったけどね。ここじゃそんなことないとは思うんだけど。
もしこれ読んで気分悪くしたらごめんよ。」


は?

意味不明。いつの、誰の、どういった事に対しての意見か。何を脈絡なく・・・

オフ会で面識もあり、日頃の言動もカキコと彼自身のサイトを通じて知ってる。彼は最近どうも情緒が不安定で精神的に正常とは言えない状態にあることが透かして見える。とはいうものの、このカキコを契機にBBSが何とも居心地の悪い雰囲気になってきた。

考えた末にカキコ:

「黙って見てようとおもったけど、やっぱひとこと言っとく。

ここは掲示板とチャットのいい点をあわせもったネット上稀有な場所やと思う。

通常の掲示板といえば、レスポンスが遅いから、質問にせよ、感想にせよ、カキコからレスポンスがつくまでデイ単位の時間がかかる。
チャットは二人以上が参加してくると、話題が錯雑となって下手糞なムカデ競争みたいに訳わからんストレスがかえって募ってくる。

だから、一言レスがリアルタイムで付き、話題もスレッドごとに見失われることの無いここが大勢の常連さんを増やし続ける魅力を持っている所以なわけやもんね。

だから、みんな●●ちゃんの問題提起とやらに引け目を感じたり、反省したりなんか今更必要ないよ。本人さんが自分のことを「無責任」と明言してるくらいだし。

率直に言うで。

●●ちゃんは早く快活な精神状態に回復して欲しい」

彼自身のサイトには言葉を選びながら、もっと率直なトーンで苦言をカキコ。

男だし、30過ぎの社会人だし、認識を改めてくれれば。

5月 23日(木)

Yahoo!!BBの担当者からケータイに電話。その後の状況について説明する。

・モデムは正常
・でもシグナルは検知しない
・しかもそれは微弱ながら検知してた工事以前より状態が悪化した体
・NTT局の調査では「ジャンパー工事」は確実に完了して信号は出ている

うーん。手詰まり。

取りあえず管理組合の理事長に相談することに。

5月 22日(水)

仕事の行きがかりで朝一番から奈良県天理へ。

車のラジオはFMが聞けないのでAMを垂れ流しつつ大阪へ戻る。国会中継。民主党の海江田なんとかが小泉くんに食ってかかっている。

「民主党による調査報告のどこが自虐的なんだ。答弁せよ」

旧満州シェンヤンでの総領事館事件のことやな。樹を見て森を見ず。今国内でそんなことつべこべやっとる局面か。ぼけ。

外務省がアホばっかりそろっとるのは分かる。しかしここは日本国一丸となってチャイナ政府に対峙しないと足元見られるんやぞ。そんな情勢認識すらできんのか、民主党。船底に穴が開いて沈みかかった船に例えれば、穴を塞いで排水するのがまず第一。「誰が穴を開けたか」と追求してる余裕はないねんぞ。

またも出ました、唐下賎。

「日本は熱くなるな」

奴が日本語で喋れば喋るほど国内に嫌中感情はどす黒く広がるばかり。ええこっちゃ。

そして北朝鮮からの亡命者5名は突如アモイからマニラ経由で韓国へ。日本政府は蚊帳の外。

なんで奴らに日本円を支出する必要がある?

片輪の「日中友好」は不必要だ。

5月 21日(火)

終日得意先と同行。大阪市内から八尾を経て奈良県大和高田まで。

西成区岸里にある大阪フィルの練習場にはおおよそ一年ぶり。ただし本日は練習なし。人気もなし。

夕方「ギータ・クンチャナ」の練習へ。いよいよ来月に迫る四国は高松への遠征を控えてまたまたハイテンションなリハーサル。この遠征には個人的には参加出来ないものの、「ウジャンマス」に「チェンドラワシ」、なんとか演奏できるようにならないと。

久しぶりにきじ猫のキジ子がスタジオ前に姿を現し餌をねだって鳴く。リーダー大歓喜。それとは引き替えに白地に黒い水玉のウーピンはふっつり消息を絶った由。さては近所の猫ばあさんに軟禁されたか。それにしても怖がりのキジ子、あつかましいウーピンのせいでスタジオに来れなかったんじゃないか?

5月 19日(日)

夕方、恒例のM山家タイ料理晩餐会。

1週間後には彼ら一家はここを引き払って、いよいよ渡米の体勢。

心して味わう。

5月 18日(土)

昼前、M山家の細君から女房宛に電話。カルフールでやってるタイフードフェアへのお誘い。
女房ともども車で出かけ、白鷺で彼女をピックアップ。彼女の亭主は夜行バスで今朝東京から戻ったとのことゆえ休んでおいてもらう。

夕方、ザ・シンフォニーホールまで山下一史指揮の芦屋交響楽団を聞きに行く。お目当ての曲目は、今年生誕100周年にあたる英国の作曲家ウィリアム・ウォルトンによる「ヴァイオリン協奏曲」、ソロは稲庭達。演奏をどうこう批評する趣味はなし。ウォルトンが生で聴けるだけでも十分嬉しい。第二次大戦前のウォルトンは憂愁を帯びてやるせないほど美しい響き。

もっともっと、ウォルトンを!

福島駅頭で古書セール。筒井康隆著「文学部唯野教授」をハードカバーで買う。300円也。

5月 15日(水)

マンションのドアホン交換設置工事。

ADSLモデムのシグナルは・・・以前より状態悪化。

どないせーちゅうねん。

5月 14日(火)

西日本会議第2日。

ギータクンチャナの練習には出れず。

作曲家吉松隆さんからレス。テクノロジーが人と人とを近くする。

5月 13日(月)

午後、神戸三宮に移動。本社にて西日本会議。

夜、新人事制度説明の後、上司に率いられて晩飯。予定外。阪神タイガースからメジャーリーグから新人事制度から社内人事までしゃべりまくること。

早く帰らせてくれー。明日もあるねんぞー。

5月 12日(日)

ホテルをチェックアウトして速攻で向かうタイフードフェスティバル会場。

ブランチ的にタイの地方料理などの食事を楽しみ、タイマッサージで体をほぐしてもらうともう昼過ぎ。アジアさん親子としのぽりさん、りーさんと合流し、挨拶の後会場を離れ、帰路につく。

帰宅するとフランスのエリック&ファビエンヌ夫妻から郵便。長男誕生の知らせ。

おめでとう!

5月 11日(土)

朝、5時起床の予定がセットミスによりタイマー不作動。背に腹は変えられず新大阪7時27分発のぞみに切り替え、11時の松戸待ち合わせにはぎりぎりセーフ。ただし、すでに来ていたumeさんを始め、りーさん、ISAさん、しのぽりさんと全員集合したのは11時30分。無駄な努力だったか・・・

主催者アジア光俊さん宅で激不味インドビール各種の味見を目玉にしたオフ会(別称「死因会」)。さらに各自持ち寄るところの「ブータンの激クサチーズ」やら「納豆風味の駄菓子」やらも入り乱れてシャレのキッツイ空前絶後の反グルメな世界が展開。まさに特濃。

午後いったん失礼して原宿へ。「タイフードフェスティバル」会場までごれん・なし子さんに案内してもらい、koson-kosonのオフ会(一次会)に駆けつける。盛況。

夕方、ホテルにチェックインを済ませた後、三河島へ向かい、再びアジアさん一行に合流。今度は韓国家庭料理店で犬肉料理を賞味する会。通称は「動物愛好会」(笑)

「犬を食う」などと言うと、眉をひそめる日本人が大多数かもしれない。しかし明治の文明開化期に至るまで日本人は牛肉を常食しなかった事実を思い出してもらいたい。また、「生の魚を食うなんてオーマイガー」などと欧米人からつい最近まで見られていた日本人の食文化。鯨なんて言わずもがな。増えつづけるミンククジラ食って何が生態系の破壊か。

世界各地には多種多様な食文化が存在する。僕はグルメではなく単なる好奇心旺盛ないやしんぼにすぎないけれど、鬼畜な人食いを除いて食にタブーなんて設けたら異文化コミュニケーションできひんと思うぞ。

東京満喫。両オフ会の幹事さん、ほんとに御苦労様でした。

5月 10日(金)

奴らのことを中国とか中共とか呼称するのに我慢ならなくなった。中華。その意味するところは「世界のど真ん中にあって、華(はな)たるべき最重要の我々」だからだ。よくもいけしゃあしゃあとまあ恥じらいもなく。裏を返せば「我々の周辺におる諸民族は東西南北皆蛮族。わしらの土地に勝手にわいてきおった虫けら」という発想だ。

「中国」なんぞと追随して使うのは日本、韓国、北朝鮮くらいだろう。欧米各国は軒のみ古代国家「秦」に由来する呼称で奴らを表現する。石原慎太郎が左巻きの馬鹿マスコミに叩かれた「支那」がそれに相当する。それがどう差別につながるのが納得いかんがともかく「チャイナ(英米)」か「シノワ(仏)」くらいの呼称を採用してもがたがたいちゃもんつけられる筋合いはなかろう。

奇しくも奴らとの「国交回復」30周年。今まさに日本人は「この国の形」を考え直した方がいい。

夜、週明けの会議準備もそこそこに雨の中を女房と合流。「大阪韓国映画祭2002」の会場へ。開幕式の舞台公演2本のあと、キム・ソヨン監督によるドキュメンタリー「空色の故郷」。

スターリン時代のウズベキスタンで生き抜いた知られざる朝鮮系画家シン・スンナムの生涯を軸に描き出される民族苦難の歴史。

この21世紀はこれよりましな時代にしていかないとな。

5月 9日(木)

中共のシェンヤン(旧称奉天)で事件出来。

日本総領事館に北朝鮮から子供を含む5名の亡命者が駆け込もうとしたところ、あろうことか中共の武装警官が総領事館にずかずか侵入して彼らを引きずり出して強制連行したとのこと。

TVを見る。その瞬間の映像が、出来すぎなくらい実にいいアングルで鮮明に。

おのれ中共。日本を舐めるな。無礼者どもめが。日本国外務省も何をやっとる。

5月 7日(火)

終日朝日新聞関連で得意先を回り、情報収集及び状況説明。みなさんおおむね冷静。てゆーか、朝日新聞の読者を除けば「そんなことあったん」みたいな。現場からの悪影響も報告は一切なし。

事情を説明し、朝日、日経、産経の記事コピーを読み比べてもらう。一目瞭然な朝日新聞のあまりに左巻きな偏向ぶり。

「うーむ。朝日取るのやめようかなあ」

朝日新聞不買運動奏効。ざまあみろ。

5月 6日(

昨日の今日なので日経朝刊紙面を慎重にチェック。載ってる。とはいえ、どたわけ朝日がなんか報道したみたいですけど・・・的な凡庸な記事。まあこれが公平な報道姿勢というものだろう。TVはどこの局もそんなこと取り上げすらしないこの現実。むしろ世間的には「宇多田ヒカル入院」こっちの方が注目を浴びるのが相場にちがいない。

午後、上司より電話。「明朝は8時に出社せよ」とのこと。

5月 5日(日)

朝8時前、上司より緊急電話。慌ててコンビニまで朝刊を買いに行くと。

おのれ。共産党の宣伝屋風情の朝日新聞め。おまえらが赤報隊にやられる理由が今更ながらよく分かるわ。

くさくさした気分を振り捨ててM山家に車で向かい、一家3人をピックアップして神戸の王子動物園まで。徘徊するジャイアントパンダに癒される。

夜、ヴァージンシネマズまで20年ぶりの「ET」。ジョン・ウィリアムズによる音楽の威力をあらためて思い知る。

それにしても。二十歳の頃には涙が止まらなかったのになあ・・・

5月 3日(

マンションマンション改修にともなうインターホン工事の件で管理組合理事長がうちにやってきて説明。インターホン交換した後ならADSLうまく行くとのこと。慶賀。

なにげに「Google」で検索したらなんと敬愛する作曲家巨匠吉松隆のホームページにヒット。嬉しそうに早速メールを出す。

交響曲第5番のCHANDOSへの録音は7月とのこと。

期待度大!

5月 2日(木)

カレンダー通りに出勤してやれやれ、ようやく明日から連休後半入り。

夜レイトショー狙いでヴァージンシネマズまで。「突入せよ!浅間山荘」はまだ始まってないのでニコール・キッドマン主演の「アザーズ」を。評判ほどには怖くないな。

自分的には「シックス・センス」の方が怖いし、幕切れの余韻ははるかに美しい。まあでもこのアメナーバル監督、センスは悪くない。音楽まで自分で作曲するんだから大したもの。

予告編に観たシャマラン監督の新作「サイン」は面白そうだぞ。

4月 29日(

午後、京都は壬生(みぶ)の「カフェ・エルガー」まで英国音楽メーリングリストのオフ会。あの人は風邪、この人は急用と参加者は結局僕と斉諧生御夫妻と店主山田さんの都合4名のミニオフ。

それでもケテルビー自演による「ペルシャの市場にて」からクセナキス「エオンタ」やメーリングリストの近藤浩平さんの作品までとんでもなく幅の広い選曲と会話を楽しむ。

今度は僕もお気に入りのCD持参しよ。

斉諧生御夫妻は黄金週間らしくこのあとそのままウィーンへと旅立つ。よい旅を!

4月 28日(日)

朝からスタジオに入り、ガムラン楽器の搬出。またまた楽器に紛れ込んだウーピンも見逃すことなく一緒に搬出。

セッティングなった天王寺の区民ホールで午後2時、「ギータ&プスパクンチャナ」バリ舞踊&ガムラン合同での公開練習開始。

自分の出番はテヌン、バパン・スリシル、そして難曲タルナジャヤ。

まあ現状こんなもんかな。

夕方、市内のM山家にて久々のタイ料理三昧。4月のタイはタイ人でもイヤになるほどの暑さだそうで。怖ろしいなあ。

4月 27日(土)

午前10時を待ち構えてイープラスにアクセス。

むちゃくちゃサーバー大渋滞。

それでも何とかチケットをゲット。

ピエール・ブーレーズ&ロンドン交響楽団。楽しみ。

4月 24日(水)

一人上手を目指すべく、きょうもガムランの大詰め。

スタジオ裏のシャッターを開けた途端、アホ猫のウーピンが僕のまたぐらをかすめてダッシュで飛び込んで来て腰をぬかしそうになる。よくも恥をかかせたな。やつあたり気味に毛皮をわしづかみにして表に放り出す。

それでも懲りないんやなあウーピンてやつは。

4月 22日(月)

ヤフーの業者来る。

結局それでもらちあかん。

マンション内の配線の仕業か。モデムが不良か。

どっちでもえーからはよしてくれー。

4月 21日(日)

午前スタジオに出、午後3時半までみっちりガムラン練習。なんとかなるのかな。

小泉首相、突如靖国神社参拝とのTV報道。

「例大祭の時季だからどうの」と言うてはおるが。

日にちをどう選ぼうが無礼者の共産主義者ども、絶対いちゃもん付けてくるぞ。

今度こそ中国なんかに負けるなよ。日本のODA援助で助かってる分際で何様のつもりか。

4月 20日(土)

午後一人でしみじみガムランのおさらいをし始めると、思いがけずY沢くん登場。旅行英会話とインドネシア語にとりかかるって。

いよいよ来週やしな。

4月 18日(木)

火曜日めろめろだった分を取り戻すべく上本町のスタジオへ。

「タリ・テヌン」のプマデのパートを猛特訓。江美さん、Y沢くん。御厄介かけます。しかし彼は一週間後サンフランシスコへ渡り、5月第二週から2ヶ月間バリ島でガムラン修行。羨ましくもある。

彼も忙しいだろうし、土曜日は独習といくか。

最近スタジオに入ろうとする猫は新顔の「ウーピン」ばかり。こいつはあだ名のとおり麻雀牌そっくりの模様入り。普通、のらは「人を見たら悪人と思え」とばかり逃げ回るのに。飼い猫が捨てられたか。

春は別れの季節。てか。

4月 17日(水)

黄文雄「満州国の遺産(歪められた日本近代史の精神)」読了。面白い。

学生時代あっちへ飛びこっちへ飛びする「世界史」なんて面白くなかったけど、「日本て何だろう」とか「20世紀てどんな時代だったんだろう」とか考えながらいろいろ見聞を広めてるうちにいろんなことに気が付いてきた。

たとえば・・・

朝鮮、満州、台湾て「日本が侵略して多くの犠牲を出した」ところだと教えられてきたけど、まさにその地域が現在工業的に成功をおさめているのはどういうわけ?

「万里の長城」て中国人自らが国境として造り上げたものではなかったっけ? その北方に位置する満州について、だったら中国が侵略うんぬん言うのはどういうつもり?

それにそもそも満州事変で「侵略」したはずの関東軍は1万5千人。最低その十倍は存在した張学良の軍隊に戦闘らしい戦闘もないままに勝ち、民衆の抵抗もなかった事実て何を意味するの?

満州が荒れ果てたのはソ連が侵攻して以降。朝鮮半島が血を見たのは北朝鮮が南に侵攻して以降。台湾を死神が襲ったのは国民党が大陸から逃れ渡って来て以降。

せめて日本人が日本人をつるし上げるのは金輪際やめにしようよ。

4月 15日(月)

あかん。

ギブアップしてYAHOOブロードバンド工事、電話で申し込み。

本社企画の若手と電話で話し。「GWはまたバリかぁ?」とかまをかけると、「いえ。バリは外しました」

今年はインドネシアはインドネシアでもスラウェシに狙いを定めたって? またうがった所を。関空からシンガポール経由。エアーはシルクエアー。知らんぞ。どんな飛行機なんだあ。

てなことを話して外出すると、車のラジオが「釜山空港付近で中国の旅客機墜落」

・・・・・・・

4月 14日(日)

奈良県吉野まで遠足に出向く女房を車で送って阿倍野橋(天王寺)まで行き、帰る道々FM-COCOLOを聞いていると、今や話題は案の定「みずほ銀行」のオンライン・トラブル。

問題を予見しつつほったらかし。首脳陣が出て来て「迷惑はかけてない」、よう言うで。ほんま。あんな銀行つぶれて当然やろ。

午前、上本町まで「ギータ・クンチャナ」の練習。アンサンブルになった途端、やっぱりついていけん。Yくんはアップルのパワーブックをデモンストレーションまでやって果敢に売り込む。しかし女房の決済がないとなあ。

4月 13日(土)

午後、上本町のスタジオまでガムランのリハビリ練習。神戸から「あきゑ」ことYくんに出向いてもらい、バリ話やホームページ更新の話やアップルのノートPCの話などを交えながらまったりと。

ふとボードの予定表と担当楽器の割り振りを見て仰天。

ええっ。おれバパン・スリシールも演奏するのお?

4月 10日(水)

摂津の得意先のマネージャーと同行中フジフィルムのカスタマーサービスから携帯。

「デジカメの修理が出来ました」

夕方いそいそと出掛ける。

読み取り不可だった画像ファイルは結局修復不可のまま。直るってゆうたやん。費用より何より、思い出が取り戻せないのは切ないよなあ。

文字化けメールはまだダメ。「添付ファイルが開けません」。

うーむ。

4月 9日(火)

木曜日の夜得意先で行うプレゼンテーションの準備に半日を費やす。レーザーのカラープリンター買ってほしいなあ。

夕方、TOEICなる英語のテストを受けるべく神戸三宮の本社に出頭。ガムランの練習は今日も欠席やむなし。釈放後女房を呼び寄せ、バリ料理店「ワルン・バリ」で夕食。

帰宅後、とある人から預かった何度送っても「文字化けしてます」というメールをなんとかすべく対策。ワード文書ファイルにして添付。

これでどうだっ。

4月 7日(日)

大阪城公園でのガムランは天候のせいで中止。

夕方ショップから電話。

「PC動作するように出来ました」

AMDのMPUをウィンドウズ98で動かそうとすると、足りないファイルが幾つかあって、それが原因となってトラぶってたらしい。ホンマにコンピュータってやつはまあ。

それにつけても。ADSL導入のためにLANカードを買い、ウィンドウズ98がぶっこわれて動かなくなったHDDを初期化するのを避けて新たにHDDを買い足し、グラフィックボードを動作させる方法がわからずショップに作業代を払い・・・

物入りすぎやしないかい?

4月 6日(土)

マンションの改装は続く。

朝から作業員が入れ替わり立ち代り「ベランダのエアコン室外機の移動どうします?」とか「印鑑お願いします」とか「ドアのペンキを塗りに来ました」とか「ベランダの作業に伺いました」とか「あ。間違えました」とか、もうえーかげんにせいと言わそう言わそうとしておるのか。

夕方、雨になりそうな気配の中、重病のデスクトップPCを抱えて近場のショップに持ち込み「何とかしてたもれ」

「自作PCはちょっと・・・」などと渋る店員になんとか押し付け、神座(かむくら)でラーメンを食べて帰宅。雨、本降りの夜。

4月 1日(月)

フジフィルムより電話。スマートメディア復元できるって?

まじ? まじ? よりによってこんな日だからな。

夜、帰宅していそいそネットサーフィン。あっちこちのサイトで嘘ばなしに寄らせてもらう。

こういう愉快な嘘とか法螺とか与太とか、いいやん。ねえ。

3月 31日(日)

新しく買ってきたハードディスクをマスターに、従来のをスレーブに設定してウィンドウズ98を載せなおす。お。なんとか行けるか?

続いてグラフィックボードのドライバを載せる。

固まる。

な・ん・で・ぢゃああああああああっ!!

3月 30日(土)

夕方、車で富田林のこすもなんとか(要するにプラネタリウム)までテルミンのコンサートに。演奏は久々の竹内正実さん。相変わらず冴えた切れ味の電子音。プラネタリウムの星空を背景にテルミン。これはタマラナイ。

マトリョーシカ型のテルミン=マトリョミンはやっぱりほしいなあ。

3月 29日(金)

バリ島に行ってる間に改装作業が進行しているマンション。足場を組み上げ、マンション全体が防護シートですっぽり覆いつくされて管理組合から「ベランダのパラボラ・アンテナ外せ」とかうっとおしいことを言ってきた。いやいやボルトを外してはみたが、とれん。やむなく工事の窓口に電話。手を借りてようやく取れる。しかしこれで当分クラシカは見れんわ。

夜、筒井康隆師匠の「愛のひだりがわ」読了。ある意味宮崎駿監督の「魔女の宅急便」を想起させるところはあるけど好きだわ、こういう筒井ワールド。エンディングはほろ苦いけど。

3月 27日(水)

イカレたデジカメとスマートメディアをフジフィルムのカスタマーサービスに持ち込む。

スマートメディアの画像データ、何卒復活できますように。

3月 25日(月)

午前6時関空着。さっきまでだらだら汗をかく世界にいたのが信じられない寒さ。気温6℃て、あんた。

車に積んでおいたスーツに着替え、朝マック。女房は車で帰宅。僕はりんくうの客先へ。

キツイ一日。

社民党の辻元清美が新聞でつるし上げを食っているが、どうでもいい。ムネオから辻元へ。

因果はめぐる糸車。てか。

3月 24日(日)

チェックアウトを済ませ、フロントで待ってるとパスティカが姿を見せる。今日はもちろん彼一人。

夕方の出国まで限られた時間を有効に使うべく次から次へと買いたいものを口にする我々。まずは手近なウブド市場に立ち寄り、女房はラタンのハンドバッグを交渉。パスティカが何食わぬ顔で立ち会ってくれるから値切りも妥当な線に落ち着く。助かるね。僕は雑貨屋でバリの年間行事が全部書いてあるバリカレンダーを。「デモ、モウ3月」とパスティカは言うけど日本じゃ買えないんだからしょうがない。

プリアタンを経由してブラバトゥへ。ここはバリ島きってのガムラン工房の村。工房では楽器の製作現場も見れるし、楽器もさわれるし、買うことも出来る。そういえばこの前NHKで放送してたのがこのブラバトゥのガムラン職人のことだったっけ。ひょっとしたらこの工房を取材してたのかもしれない。試しにプマデを鳴らしてみる。こんな感じかいなと「ギラ」や「バパン・スリシール」をちょこっとずつ。他の曲はだいぶ頭から抜けててヤバイ。まあでもこれでようやくバリ島に来て初めて楽器に触れたことになるか。記念にと両手で打ち鳴らすシンバルみたいなチェンチェンだけ買う。プマデは江美さん通じて誂えてるからね。

トパティでバティックなど織物の実演販売。値段はまさにパスティカさまさまで、あれこれ買い込み女房御満悦。

昼になったのでウブドに戻り、王宮の向かいにあるイブ・オッカで名高いバビ・グリン(豚の丸焼き)を賞味。店内押すな押すなの大盛況。しかもほとんどバリ人。夕方の閑古鳥ぶりって要するに品切れだったわけやね。思い残すことなくウブドを後に下界へ。

クタのマタハリ・デパートで住民のような買い物。どこの国へ出向いてもこういう市場やスーパーでの買い物は土地土地での生活を垣間見れて楽しい。値切る必要もなく、その間パスティカは喫茶コーナーで休憩。店内のレイアウトは地下に駐車場、1階に食料品と日用雑貨、2階が衣料品に化粧品、その上が玩具と喫茶コーナー。日本と同じように見えるけれど、レジのカウンターにお供え物が乗っかり、店内をお祈り係がくまなく回って水をちょいちょいとかけながら店員をお清めするのを目の当たりにする。これは今日が特別の日だからではなくて、毎日3回くらい行われている習慣だそうな。生活の中に生きる信仰って人間らしくていいなと思う。

買い物を終えるとまだ中途半端に時間がある。そこで思いつくまま空港から30分ほどのヌサ・ドゥアに行こうという話しに。

ヌサ・ドゥア。それはバリ島随一の絵に描いたような高級ビーチ・リゾートだ。大好きな山間のウブドまでは遠く、海っぺりに執着心もない僕も女房も今まで足を向けたことすらなく、こんな機会でもなければと興味津々。

パスティカの本業はタクシードライバーで、ガイドの仕事がなければ会社の指示によりヌサ・ドゥアの豪勢なホテルで客待ちの日々らしい。学校には通ったものの、ガイドとしての資格はとっていない。いわば「なんちゃってガイド」だ。しかしそのことが彼の値打ちをなんら損なうものでないことは前評判どおり、今回の旅でそれを痛感する。何より、こちらの希望次第でどんなスケジュールでもアレンジしてくれ、自分のバックマージンを吐き出してまで値切り交渉してくれるのが動かぬ証拠。しかも帰国してから「ビーチで出会った彼氏のホテルに問い合わせて苗字と連絡先を調べてくれ」などと言ってくる脳足りん女のリクエストにまでこたえようと四苦八苦している姿も現に見てしもうたのである。これが公式のガイドになってしまうとなんらかの組織に所属し、その途端きめられたコースを分刻みで案内し、空港とホテルと土産物屋を連れまわすだけになってしまうのだとか。

「ヌサ・ドゥア高級ホテル見るだけツアー」を終えて空港に送ってもらい、チップを気前良くはずんでチェックインした後も、僕らが見えている間、パスティカはいつまでも手をふってくれていた。

僕みたいなおっさんがこういうのも変やけど(ん?)、パスティカにはいつまでも「なんちゃってガイド」でいてほしい。

3月 23日(土)

明け方、嘘かと思うほどとんでもない豪雨の気配に眠りを破られたものの、次に目を覚ませばいつものとおり鮮やかなバリ島の青空。遠出には持って来いの日和。

いつものとおり蓮池のあずまやで朝食を済ませ、部屋に戻ってTVをつけると「ちびまるこ」やら「クレヨンしんちゃん」やら次々登場。「おー。インドネシア語でしゃべってるやん」と横目に見つつ着替えを済ませてフロントに出ると、パスティカがすでにタクシー(パスティカ号)でスタンバイ。何せ今日はものすごい移動距離と時間になるからと、助っ人を連れて来た。カデ青年だ。

プラザバリでのコスプレ撮影はあらかじめキャンセルしてある旨パスティカに告げ、ウブドから、まずサヤンへ。

「サヤン・テラス」はすぐに見つかる。が、「ここに作曲家コリン・マックフィーが住んでた家があるって聞いたんやけど」とパスティカを通じて若いホテル・スタッフに尋ねると「知りません」とあっさり首を振る。誰か昔を知る人物はいないかと探すと彼らは一人の老人を連れてきた。

「ああマックフィーか。70年ほど前、3年間ここに住んでたのう」

何とこの長老、マックフィーの料理番だった女性を母に持つ息子。そう聞いた瞬間、椰子やマンゴーやバナナがたわわに実るサヤンの空間にマックフィーの存在が濃密な現実感を帯びて感じられ始める。不覚にも感動。

案内に従って敷地を奥に進むと緑なすサヤン渓谷がにわかに眼前に広がる。マックフィーの住居は第二次世界大戦中日本軍に接収され、解体されて現存はしないものの、その眺望はまさしくマックフィーの愛したサヤンの大自然。彼の著作「a house in BALI」に描写されたエピソードの数々が頭の中に去来する。「ここ、墓地に隣接する土地だったんやて」とパスティカとカデに告げれば「確カニ墓ノニオイガスルヨ」と口をそろえる。そんなん日本人には全然わからんけどなあ。そのうえ本に書いてあった跳梁する悪霊(レアック)や火の玉のエピソードを披露すると、神妙に聞いて「ソレ本当ニアリマス」だって。

先の道のりを思い、名残を惜しむ間もなくカデの運転でパスティカ号は峠を目指して上っていく。祭礼の行列を見ては停まり、チャンディクニンの市場に寄ってはパスティカが人参を買うのに付き合い、ブラタン湖を経由して下界のシガラジャに至るともう昼時。我々夫婦のたっての希望によりサテ・アンジン(犬肉の串焼き)を4人で食べる。歯応えはあるが、なかなか乙な味だ。

かつてのバリ島玄関ブレレン港をかすめ、ロビナの海岸を右手に感じながらチェルカンバワン、ブレレン空港を経由、西をひた目指すうちに周囲はどんどん観光地風バリから遠ざかり、しまいには左手に険しい禿山がちらちら見えるようになる。「バリの西の森」ことバリ西部国立公園の景観だ。「椰子の木が見あたらへんね」とパスティカに話しかける。彼によれば椰子は人が植えないと生えないものらしい。

午後4時。ジャワへと渡るフェリーの港ギリマヌクに到着。ここはバリ島西端。海峡のすぐ向こうにジャワ島がありありと迫り、雲を突き抜けてそびえる3千メートル級のラウン山の威容に圧倒される。バリで観光業に従事するはずのパスティカもここギリマヌクにまで来るのは初めてだそうで、屋台のイスラム風うどんを食べながらジャワを間近に望んではしゃいでいる。好きものの旅そのものだとは思うものの、この絶景は見に訪れて損はない。

午後5時半。ジュンブラナ県ヌガラ着。ここは巨大な竹のオーケストラ「ジェゴグ」で名を知られる町だ。5年前はクタの豪勢なホテルでディナーショーの形で聴いたけど、今回は是非御当地で・・・の目論見は外れる。ヌガラ出身のカデに調べてもらっても本日の上演予定はなし。事前に提供された情報どおりだからそんなに落胆はしないけど。再訪せざるを得ないやんか。でもせっかくだからと馬車が行きかう大通りに面したスーパーマーケットでインドネシアの帽子「ペッチ」を買う。これも一種のコスプレ、「似合うかなあ」とさっそくかぶって見せるとカデ大笑。気分はすっかりスカルノ。はべらすはデビ夫人ならぬ我が女房「バビ夫人」なれど。

デンパサールに近づくにつれ渋滞。「ひもじーひもじー」と騒ぐ女房をあやしつつ、午後9時を回ってほうほうの体でたどり着くバトゥブランのバスターミナル。パスティカ自慢のお薦め屋台はナシゴレン(焼き飯)、ナシアヤム(鶏飯)、ミーゴレン(焼きそば)、どれもこれも絶品。

「屋台ダッタラドコデモイイッテワケジャナイデス」

パスティカ、鼻たかだか。それにしても、ビンタンビールがシミワタルー。

バリ島西半分を一日で一周。州知事にでもなった気分。パスティカもカデもお疲れ様。

3月 22日(金)

黒米とバナナのプディングで朝食を済ませた後、サヤンへ足へ伸ばすべく単車を借りる。それにしても交通量が5年前に比べるとひどく増えたなあと慣らし運転のつもりでウブドを一周する途中、不覚にもこける。あいたあ。バリ人がわらわら寄って来る。かっこ悪い状況を速攻で脱出すべく、「ティダアパアパー(インドネシア語で大丈夫)」と愛嬌を振りまきつつ単車を起こして跨り、とんずら。怪我は大したことないものの、女房に思い切りシバカレル。痛恨。

アパ・インフォルマシ(情報センター)に顔を出し、日本語でたずねるとコスプレ写真、ウブドの近くでも撮影できることが判明。とはいえハンパに遠いので女房を後部に乗せて単車で向かい、「チェンティル・チリ」と看板が出たバリ風の門構えをくぐる。そこで念入りに施されるバリ式婚礼のメークと着付け。ただし撮影は自分で持ち込んだカメラにて。デジカメ、動作不良。こけた拍子にやられたか、くっそー。やむなく念のためAPSも使用。

ウブドに戻り、近所のパダン料理店にて昼食。外人の来そうにない店ゆえ安い。しかもスマトラ島パダンの料理はインドネシアでも特に美味との評判どおりの味。

午後ホテルで待ってると江美さん来訪。楽器代金不足分を日本円で託し、エアコンをきかせた部屋で四方山話。単車を駆ってガムランの授業に明け暮れる日々、バリでも多事多忙の様子。バリを愛した作曲家コリン・マックフィーの家を捜しにサヤンに行く旨話すと「サヤン・テラスホテルの敷地にあるらしいよ」との情報。ありがたし。ただし転んでへこんだ気分では単車を駆る気にもうならず。明日車で遠征する手始めに寄ることにする。

午睡から覚め、日暮れ、ビナ・ウィサタ(観光案内所)前から乗り合いのマイクロバスに乗ってプリアタンまで。今晩はティルタ・サリによるバロンダンス。スマル・プグリンガンなるちょっと変わった鍵盤楽器を交えてのアンサンブル。軽やかできらびやかな音色。それにしても、昨夜ウブド王宮で聞いたパンチャ・アルタとは音階が異なるな。ティルタ・サリはなんとなく黛敏郎風に感じる部分がある。今夜の「クビャール・トロンポン」も息を呑む超絶の妙技。評判どおりの名演。プリアタンまで足を伸ばした甲斐がある。

会場でギータクンチャナのメンバーT嬢に偶然会う。プリアタンでティルタ・サリのメンバーにガムランを習ってるところだって。気合い入ってるなあ。Yさんはあさっての日曜こっちで挙式だそうだし。リーダーを筆頭に関係者、バリ島に集結。痛快痛快。

ウブドに戻り、ビナ・ウィサタ前からホテルへ歩いて戻る途中、洋楽をやかましく鳴らすサイサイバーなる店の前を通る。ひっそりした夜のウブドでここだけ浮いてる。店内ケトウだらけ。ここはいつからクタビーチに成り下がった。ウブドの夜はしじまが売りだったはずなのに・・・

巨大トカゲが闇のどこかで「トッケ!トッケ!」と鳴く声を聞きながら眠。

3月 21日(

ゆったり目を覚まし、蓮池に囲まれたあずまやで朝食。蝉を聞きながらカットフルーツ(スイカ、パパイヤ、パイナップル)とバナナパンケーキにバリコーヒー。日本人は僕ら夫婦くらいか。

5年ぶりのウブドを味わうようにモンキーフォレスト通りを散歩。しっかしインターネットカフェが雨後のたけのこ並みに増えてるな。隔世の感。ウブド王宮まで来ると右折、汗だらだらでウブド市場前を通り過ぎ、目に付いた適当なネットカフェで涼みがてら書き込みまくり。カフェワヤンで昼食を摂ってホテルへ戻り、プリアタンの江美さんにフロント経由で電話。留守。しょうがないので昼寝。

夕方ノマドで食事を済ませ、ウブド王宮にてパンチャ・アルタによるガムランとバリ舞踊。停電というアクシデントもなんのその。男装の女性を男性が演じて踊る「クビャール・トロンポン」、この超ねじくれたシチュエーション。誰が考えついたんやろ。蛍が飛び、コウモリが舞う闇のもとに繰り広げられる饗宴。満喫。

ホテルに戻ると「ギータ・クンチャナ」のリーダー江美さんから電話。ガムラン代金と船賃が不足になったって。これがホントの「フソクの事態」。

為替レートうらめしや。

3月 20日(水)

車でりんくうの駐車場に向かい、そこから関空入り。搭乗待ちの間、ノートPCで頼まれ作業。

JL713便にて12:20発。筒井康隆「愛のひだりがわ」をひもとき、「ラットレース」なるアホアホ映画を見るうちに赤道を越えてバリ上空へ。富士山を思わせる高峰アグン山を左に見下ろしつつ夕暮れのデンパサール空港到着。機外へ出た途端暑熱の空気に包まれる。5年ぶりに全身で感じるバリの空気。

毎度のことながら荷物は意地でも預けないからターンテーブルは素通り。待ってられるかい。回転寿司やないねんから。

ゲートを出ると、「koson−koson」のサイトを通じてガイドを頼んであったバリ人パスティカが。あれ。今日は代理が来るはずでは?

「私ノ代理ノ彼、日本語出来ナイカラ私ガ来マシタ」

年々へたれる一方でインドネシア語おさらいして来なかった。パスティカがいてくれて助かる。

空港からウブドへ向かう前にクタのプラザバリへ立ち寄りコスプレ写真予約。とっぷり暮れた闇の中を山間のウブドに至り、やっとの思いでウブド・インにチェックイン。予想を超えたあまりの暑さにエアコン付きの部屋へチェンジ。

右目眼精疲労で吐き気。夕食の後、シャワーを浴びて倒れるように眠。

3月 18日(月)

終日仕事も上の空。夕方とるものもとりあえずソフマップへ。

LANカード差し込んだ時にウィンドウズが壊れたのが原因とのこと。なんちゅー根性のない。

「ウィンドウズを乗せ直せばブロードバンド接続いけますよ」

一瞬よかったーと思ったものの、たちまちハッ!とする。

バックアップ取ってないハードディスク上のデータは・・・?

どよよーん。暗雲たれこめまくり。

3月 17日(日)

病めるPCを堺東のソフマップギガストアへ朝一修理に出して、そのまま神戸へ。

夕方東灘の実家にてくつろいでいるとソフマップからケータイ。急いで堺に戻ると数分の差で受付時間終了。PC回収ならず。

不吉な。

売国奴ムネオ、自民離党。どーでもえーわ。

3月 16日(土)

ISDNからアナログ回線へとNTT局内工事が完了。ADSL化を促進すべくLANカードを買ってきてぐっさりスロットに差込み、いそいそ電源を入れるとウィンドウズが凍りつく。

あっ。またかよー。PCを組み立てた頃の悪夢、再現か?

いきなり不吉な。

3月 15日(金)

黄文雄著「捏造された日本史(日中100年抗争の謎と真実)」読了。つくづく近代の歴史に対して自分の無知ぶりを痛感。まあでもそもそも明治以降の歴史に僕らが疎いのは、ひとつには米国による占領政策の成果とも言えるんだろう。

歴史を知ることは受験勉強のためではない。僕らが何故今ここにこうやって立っているのかを認識するためだ。

著者黄文雄は日本人でも中国人でもない台湾人。第三者から見える日中の歴史は直接の利害が絡まない分、実に見通しがいい。美化だでっちあげだ歪曲だと感情まかせにわあわあ騒ぐ前に、頭を冷やして自分とは異なる角度から物事を眺めてみる。

心掛けないとな。

3月 14日(木)

夜なんばのNGKにて「グッチー・エンターテインメント・ショー」を楽しむ。

DonDokoDon山口智充による大阪凱旋ワンマンショー。なんとも元気。抜群な形態模写の才能のみならず、優れた音楽センスにも恵まれ、機知に富んでしかもサービス精神旺盛。

今日33歳の誕生日を迎えた「ぐっさん」。ますます目が離せない一人だ。

3月 12日(火)

夜、ガムランの定期レッスン。「タリ・テヌン」ではジュブラグ、「タルナ・ジャヤ」では大銅鑼セットを割り振られる。

きらびやかなプマデやカンティルといった高音域担当の鍵盤に対してジュブラグは中低域のベース的存在。ヴァイブラホンのように震える音が心地よい。とはいえ、音列パターンがのみこめない。初回だからしゃーない。か。

リーダーは明日からいよいよバリ島へ。バンコク経由・・・かな。バンコクでのエステにハマッテはるそうやし。

いずれ、今度会えるのはバリのウブド〜プリアタンの辺だな。

3月 11日(月)

あ。

健康保険被保険者証更新忘れとった。

今のを出してきてさて今度の新しいのはと探ると、ない。

会社の机を探し、家を探し、カバンの書類フォルダーを探れども、ない。おっかしーなー。

「保険証なくしました。僕アホです」とやむなく総務に始末書出そうと覚悟を決めつつカバンを全部ひっくり返して空っぽにしたら、ようやく発掘。

♪探し物はなんですか〜

井上陽水の歌声がどこからか聞こえるような。

それにしても最近ものを無くすことが急に増えた。

やっばー。モウロクの始まりか?

3月 10日(日)

午後、通信教育。CDで英語の聞き取り。疲れる。

夕方、市内の友人M山一家を誘って焼肉を食べに出掛ける。今年すでに3回も台湾に出張させられて「もうええわ」と音を上げる彼。商社勤務の宿命か(笑)

たしかになあ。タダで行けるにしたって仕事がらみじゃなあ。まあこれが演奏家の場合なら旅そのものが仕事と密接不離だけどなあ。

この一家、旦那の米国転勤を目前にすったもんだの御様子。転勤そのものはGW以降になりそうだとのこと。でも奥方様は今月末には幼稚園児の娘を残してタイの実家に帰っちゃうそうで。一時帰国か。

アメリカで、しかも南部。タイからも遠くなるもんな。

M山家で「特命リサーチ」を見ながら酔いを醒まして帰宅。

六甲山に幽霊が頻出?

そんな話し聞いたこともないわ、アホ。

3月 9日(土)

午前、NTTの局より電話。ほんとうに、ようやくADSL化へ一歩前進。ISDNからアナログ回線に戻す際に電話番号が変わるって。不便な。せめて番号案内くらい流してもらわんと。

くだんの電話で会社の通信教育やる気がそげ(もろ言い訳)、そのまま「漂流教室」を読みきる。

ちょうど30年前の作品ながら、21世紀初頭の現在の世相を見通したかのような予言的な物語。恐い話しには違いないけど、小学校が舞台だし今を生きる意味を考えさせる内容だから、子供達には是非薦めたいな。

3月 8日(金)

午後、車でNHK・FMを聞こうとすると低くよく通る声。岡田真澄。ん?

「おしゃべりクラシック」が今月いっぱいで終わるとのこと。なんともったいない。

パーソナリティ・渡辺徹の気取りのないユーモアがクラシックの音楽と絶妙なハーモニーを醸して気持ちのいい番組だったのになあ。

今日最後にかかったのはアルチュール・オネゲル作曲の交響曲第2番から終楽章。おお。少年時代から大好きな曲だぜ、これ。

運転しながら萌え萌えでブーレーズばりの指揮まね。久しぶりに聞くのに体は我ながら正確にキューを出し続ける。セルジュ・ボード指揮のチェコ・フィルが暗あい緊張感を盛り上げながらクライマックスへ。

独奏トランペットが力強く伸びやかに希望を歌い始める。

昔っからこの一瞬が好きだった。救いようのないどん底の音楽がここで豹変し、さながら分厚い雲を切って剣のように光が差し込む感じが好きだった。

胸が込み上げてくる。

いかんなあ。本当に涙もろくなったなあ。

歳を重ねるって、こういうことかなあ。

3月 3日(日)

楳図かずおの「漂流教室」を読み始める。

常盤貴子とか窪塚なんとかが出てるTVドラマの原作だけど、子供の頃読み通したことがなかったのでまとめて読むのは初めて。

原作は小学校が舞台。これでこその物語だろ?

しかしとても30年前の作品とは思えないリアルさ。読み出したら止まらーん。

3月 2日(土)

午後、スタジオエッグスに出てYくんと二人でガムラン自主練習。せめて「タリ・テヌン」だけでもマスターしないとな。

夜、女房サービスでバージンシネマズまで映画。「モンスターズ・インク」は大入り満員で断念させ、「オーシャンズ11」

お見事な構成。心憎いほどの仕上がり。クライマックスで鳴り響くドビュッシーの「月の光」が印象的。

ハラハラドキドキ感はあまりないけどね。

3月 1日(金)

うー。二日酔い気味。

起きて家を出ると女房よりメール。

「自家用車、パンクしてるよ!」

なんでやねーん。

2月 28日(木)

夕方ふいにアジア光俊さんから電話。出張で来阪中とのこと。これはうれしやと女房を連れて鶴橋に出、久しぶりの対面。残念ながら犬肉料理の店は探せども見当たらず、結局普通の韓国料理店に落着く。

遅れて「GO for ASIA!」主宰のなかちさんたち来場。初めて挨拶がかなう。アジア好きが一堂に会し、楽しい一時。

甘ったるい韓国酒「ハルラ山」でへべれけになって帰宅。

2月 25日(月)

「朝から会議」とか言っておきながら、上司は出掛けている。しかも午前中帰社予定が戻るなり「昼にしよか」

こら。おっさん。

午後、「先日催行されたコンベンションのフォローアップ」と称して会議のための会議。会社って奴はほんとにまあ。

2月 24日(日)

昼、総武線で本八幡へ。

千葉県市川に3年、神奈川県大船に2年。長いようであっという間だった関東暮らし。友人知人はそれなりに増え、新しい世界が展開したもんだと回想。生きるということはとりもなおさず旅するということに他ならないんだな。

帰りの新幹線で作曲家コリン・マックフィーの「熱帯の旅人(バリの家)」を読み終える。一ヶ月後には5年ぶりでまた、バリだ。

2月 23日(土)

午後、大阪梅田のJALプラザに出向き、バリ行きの便を当たってみる。マイレージ、せっかく貯まった分が今年中に消費しないと無駄になるので行けそうなときに行っとかないと。

3月下旬の飛び石連休を使ってみるべ。

そのまま新幹線で上京。車中では熟睡。若い頃、座った姿勢では絶対眠れなかったのが嘘のような昨今。歳をとって寝てばかりいる。犬猫並み。

後楽園のホテルにチェックイン後、神保町へ。もれていたG-DIARYのバックナンバー及び最新号と女房用エスニック料理本を入手して小腹を満たすべくロシア料理店へ。アジア風味に限らず民族ものはいい。シベリア風餃子ってのも珍しい一品。ピロシキはもちろんお約束。

飯田橋にてどらQさんと久々に御対面。一緒に女房お気に入りのイラストレイター二人組「koson−koson」のオフ会へ。旅行好き同士20名ほどで盛り上がる。店は珍奇なビールが驚くほど豊富。ベルギーの「サタン・レッド」とフィンランドの「提督(東郷平八郎)」をオーダー。好奇心旺盛な参加者各位と回し飲み。

ネットでの出会いも、出会いは出会い。されど対面すれば、もっと楽しめるもの。

名残を惜しみつつ、零時を回ってホテルへ戻る。

2月 22日(金)

またまた買っちまったよー、CD。

アルベルト・ヒナステラ:「ピアノ協奏曲第1番&2番」(またまたNAXOS)
冨田勲:映画「千年の恋」サントラ

20世紀アルゼンチンのヒナステラは晩年の辛口な作風でいっぺん聞いたらもうよろしい。冨田サウンド最新作はシンセの響きが本当に心地よい。「源氏物語」の交響絵巻も素晴らしいけど、シンセ版の源氏もまったく違うアプローチで興味津々。

寝ながら聴くと、いい夢見れるかも。

2月 21日(木)

終日大阪城の周辺で得意先のにいちゃんと同行。てきぱきと小気味よく仕事を片付けていくけど、愚痴が多いのは玉に傷。今日の僕は「命のホットライン」並みの存在意義か。しんどー。

機械トラブル突発でガムランの補習に遅刻しかける。つらいのう。

2月 20日(水)

マエストロ佐渡裕後援会である「ゆたか会」から依頼を受けていた原稿完成。ワードのファイルとしてメールに添付して送る。

ごく短い文章だったけど、手間ひまかかったね。

まず、何を書こうかとしばらくは黙考。次にどう展開させようかと試行錯誤。そしておもむろにPCを立上げ、夜ごとぼちぼち書き綴って字数を数えると・・・枚数超過。

そこで圧縮作業。これがまた骨の折れることながら、言葉や文章について考えるいい契機となるのが実感。

制約の中で間尺をあわせるべく工夫すること。達成できたら充実感があるもんだ。

2月 17日(日)

神戸元町は春節。すなわち旧正月たけなわ。人ごみは大嫌いなので出掛ける気にもなれず。

芦屋のJTBに女房の介添えで出掛ける。T橋さんにパプア・ニューギニアのツアーを照会。仰天した風。「今のところありません」とのこと。あたりまえか。行くつもりはないけど、あそこも知る人ぞ知るコーヒーの産地。ビジネストークになんか使える情報がないかと思い立ったまでのこと。お騒がせしてすんません。

午後、元町に至り、挨拶を済ませ、実家に寄って帰宅。 TVで映画「スネークアイズ」を見ながら寝る。音楽は坂本龍一。

いい曲書くんだけどなあ。

2月 16日(土)

Yくんと二人でガムラン秘密の特訓。

「タリ・テヌン」やら「ギラ」まで出してくる。漫然。いつもどおり後半はだらーと流れて「ギータクンチャナ」公式サイトの更新の謀議。

夜、バージンシネマズにて「地獄の黙示録」を。実は封切り当時、話題になってたものを見逃していたから今回が初体験。無論ラストシーンを知るはずもなし。

有名な「ワルキューレの騎行」のシーンは時代を越えてやはり秀逸。ヘリコプターの編隊飛行のバックでは勇壮に響く音楽が、地上のベトナム人を殺戮し始めるシーンに至るや悪魔の音楽と化す。こんなの真似できない。

それにつけても思い知る。アジアを蹂躙する白人国家には感情移入できっこない。

2月 12日(火)

ガムランレッスンの日。

「タルナジャヤ」の続き。まったくついていけず。今の正直な気分はハノンしか弾けない子供がいきなりリストのピアノ協奏曲の稽古をつけられてるようなもの・・・

リーダー曰く「五月には完成させるぞー」

銅鑼をかぶってしくしく泣く。

2月 11日(

うわー。

雪だよ雪。高野山は積雪。うちの周りは積もるんじゃないぞー。

今晩もおよばれ。各種キムチとビールを手土産に訪れた市内の友人宅にてタイスキ。堂々鍋ジャンキーな暮らしぶり。脂と砂糖てんこもりの本格的なすき焼きが連日に及べば早死に人生まっしぐらでも、水だき系ならバランスは保てるだろ。

「児童騎凰標」のタイスキ・ソースはタイ人も認める激辛。きたきたきたーっ。

女房お気に入りのコソン・コソン著「ばんばんバンコク〜女たちの過熱灼熱旅行記〜」なる文庫本も受け狙いで進呈。イラスト主体で肩の凝らないオチャラケ風味。イラストレイターの目の付け所には感心させられる。

2月 10日(日)

午後、最寄りの理髪店へ。女房の御下命により白髪染めもあわせて。ラップしてチンされるみたいのがカナシー。

夕方、京都は五条のH家訪問、鍋など御馳走になる。韓国系米国人のSさんも千葉から上洛。てゆーか昨日まで米国にいらしたそうで。70歳過ぎてなんでこんなに若々しく活動的なんだろう。未来志向の人生って素敵だ。でもくれぐれも御無理は禁物ですよ。

雪もよいの京都駅で失礼し、帰宅。

どうせ明日も休みなので、夜更かしを決め込んでビデオを見ながら寝る。張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「あの子を探して(一個都不能少)」。生々しい生活感。子供達の哀歓。

借りて来た当の女房は嫌そうだけど、これでこそ中国リアリズムの映画。共産党に媚もせず。

うん。いい。

2月 9日(土)

ソルトレーク冬季五輪開幕。

聖火台の場面を盛り上げるのは、なんとショスタコーヴィチの交響曲第5番のクライマックス。ビンラディン・テロでナショナリズム萌え萌えの米国における五輪でソヴィエトの音楽とはねえ。ふーん。

午後、ガムランの自主練習のあと女房と合流。上本町の近鉄百貨に出向いて電子楽器テルミンを試奏。ここで触れることが出来たのはシンセサイザーの父、ロバート・モーグ大先生の手になるモデル。欲しくなってくる。いかんいかん。ガムランに専念せねば。

本日の収穫・・・CD(頑張れ!NAXOSレーベル)
ギ・ロパルツ作品集(聖ニコラスの奇跡他)
日本作曲家選輯

書籍
田中正明著:「南京事件の総括」
黄文雄著:「捏造された日本史」

音楽も歴史も、知らないと損するよ、20世紀。

2月 8日(金)

忙しいのになあ。

午後、全国会議との名目で甲子園の都ホテルに缶詰。携帯はブルブルモードにして夕方までほったらかし。

夜はその流れで懇親会と称して立食パーティ。久々に東京支店の「ムッシュ・ソムリエ」Wさんに御挨拶。この人、ホンマにソムリエの資格を持ってるそうで、ワインからチーズからフォアグラからトリュフから、フランス全土を巡り歩いて実地に味を吟味して歩くグルメの王様。

ワインとチーズでフランスにまつわる楽しい会話。最中、いきなり聖地ルルドで食べたバスク風鶏肉料理の味を鮮烈に思い出す。味覚のフラッシュバック。そうか。あの時はワインではなくビールにしたんだっけ。クローネンブール・・・

こうして後々まで味わいが残るから旅ってやめられない。なかなか行けなくなっちゃったけど。

あれ。そう言えばタイ料理によく合うワインも教えてもらったのに。思い出せない。

うーむ。

2月 7日(木)

朝から和歌山市へ。

23日に上京するのでホテルの予約。

夜、ガムランの補習。リーダー指導してくれるって。定例の火曜日は時期が時期だけに組合の職場討議があって、春季賃金交渉に向けての意見の吸い上げということで、レッスンは結局欠席だったからなおのこと。

「タリ・テヌン」を曲の最初から最後まで強引に通す。いくらリーダーに禁じられようと、譜面化してみない限り曲の構造が見通せず、見通せない限り確実に身に付けることは出来そうにもなく・・・

西洋音楽に毒された日本人だし、しょうがないよな。こっそりやったろ。

2月 2日(土)

午後、兵庫県宝塚までサロンコンサートに出かける。

MIDIチェンバロ(コンピュータ制御のチェンバロ)とリコーダーによる演奏会で、英国音楽メーリングリストで知り合った「山の作曲家」こと近藤浩平さんのお招きによるもの。

20人ほどしか入れない会場はぎっしりの盛況。いわゆる縦笛であるリコーダーは佐渡裕さんもしょっちゅう公然と演奏したりするし、NHKでも「縦笛を吹こう」みたいな番組やったりするし、楽器としての評価が高まってきている手ごたえが充分。

バロックの作品とともに今回は近藤さんを始め数人の作曲家の手になる新作が目白押し。それもド、レ、ミの3音だけを使ってどれほど豊かな旋律を紡ぎだせるか目の当たりに出来た。これは大収穫。

簡素な中にこそ音楽の心が宿るんだな。

夜、バージンシネマズにて「WASABI」。広末涼子、予想以上の健闘。フランス語での演技の方が精彩を放つのはどうしたわけだ??

リュック・ベッソン監督、古き良き日本に対して愛着があるんだな。ハリウッドが描く日本よりもっと自然な感じだわ。アメリカ人とフランス人のセンスの違いなのかも。

しかしフランス語ペラペラのヤクザとは。渋すぎ(笑)

2月 1日(金)

有給休暇。

荒れ放題になってたガムランアンサンブル「ギータクンチャナ」公式サイトの抜本的模様替えに取り組む。前前から気になってたものの、担当者がまがりなりにも存在する手前指をくわえて見てるしかなかったから。やりだしたらきりはないけど、ようやく多少なりとも読みやすくできたかな。今後は新ネタのアップが課題やね。

夕方、兵庫県尼崎のアルカイックオクトホールまで。

関西二期会室内オペラシリーズ]U
オッフェンバック「バ・タ・クラン」(日本初演)
パサティエリ「ラ・ディヴィーナ」(原語日本初演)

ネットのお友達オペラファミリーこと橋爪万里子さん出演ということで、馴染みのない演目ながら興味津々。

後で聞けばオッフェンバックのはなんかパロディーだったそうで、そう言われてみればあまりにもアホアホな筋だなあと思って聞いていた。だったらもっともっとワルノリでもよかったんだろう。

率直なところ、悲劇が時代を越えて胸に迫るのに対し、笑いは時代に沿うものなんだなあ。

オペラさん出演の「ラ・ディヴィーナ」は30分ほどのプチオペラ。盛りを過ぎて引退の日を迎えたスター歌手の付き人を堂々の熱演。

今後とも初演ものの発掘にも期待!

1月 30日(水)

真紀子更迭でマスコミは一斉に「小泉内閣支持率急落」などとはやしている。

あのなあ。

たしかに外務省の腐れ具合は見かねるほどだけど、あのオバハン、日本の外交をどれだけまっとうにこなしてきてたか言うてみ。

北朝鮮のどら息子の密入国。教科書問題。靖国問題。ビンラディンのテロ。アフガンの戦乱。北朝鮮の工作船。

うちわでガタガタやってる場合やったか? この一年。

庶民の味方みたいな風にマスコミはちやほやしても、所詮は苦労も知らない大物政治家の娘の育ち。裏の顔に思いを馳せてみたほうがええんとちゃう?

みんなよーく考えて支持するしないの結論出さないと。

国民、自分で自分の首をしめることになるぞ。

1月 29日(火)

深夜。田中真紀子外務大臣更迭。やっと辞めさしたか。

1月 27日(日)

堺市内に住む友人Mは台湾へ出張中。台北ならまだしも毎度台南などとディープな町に赴くのがいかにも彼の仕事っぽい。

彼は奥さんタイ人なのに、辛いものを始めタイ料理にほとんど興味を示さないらしい。なんでタイ人と結婚したのか謎やで。もったいない〜

奥さんはさすがにタイの味が恋しいのでいやしんぼの我々夫婦がこの機を逃す手はない。午後彼女を車で連れ出し、大阪市内の専門店までタイの食材を買出し。冷凍果実のマンゴスチンまで買い込んで、ウレシガリまるだし。

タイの東北、イサーン地方出身の彼女の料理はいつもながら抜群。香り馥郁、辛さも絶妙。おかげで妙に舌が肥えて、しょーもないハンパなタイ飯屋に行く気が失せる今日この頃。

いいことは永続しないもの。この春には彼らの一家、転勤で米国はナッシュビルに去ってしまう。寂しくなるなあ。

せめてタイ料理教わっておこうか?

1月 26日(土)

夢を見た。

その壱
ベンジャミン・ブリテンの「戦争レクイエム」を立派なホールで聞いている。エンディングの児童合唱がはるか上空から冨田勲風に響いてくる。不安な鐘の音が静寂の中に響き、そして消えていく。僕は感動している。

その弐
今日初めて手術をする新米の外科医に僕はアドヴァイスをつけている。
「人体も機械と同じ。不具合な部分を取り除き、取り替えるだけのこと。動きつづける間は多少のことがあっても動く。終わる時にはどんなに手を尽くしても動かなくなる。落ち着いて、割り切っていけ」

その参
得意先の人と対談。しゃべる都度どんどん違う人の顔になってる・・・

脈絡なしのオムニバス。

今年にはいってこんなパターンが多いなあ。

夜、雨のショボ降る中を南森町へ。神戸から出て来てもらった社の先輩夫妻を迎えて春節の夕餉。スイスに赴任する直前、横浜の中華街で餞別の会食して以来久々の夫婦対面。今晩は「梅の花」にて和風の仕立て。

夫人は香港人なので春節すなわち旧正月には帰らないんですかと話を向けると

「旧正月の香港は嫌いです」

店なんか町じゅうどこも開いてないし、あげなきゃなんないお年玉もバカにならないし。

中国の大家族なところに加えて子供達ばかりか自分よりいっこでも年下の親戚にはもれなくあげることになってるんだそうな。そりゃ破産しかねまいて。

お正月を心待ちにするのは日本でも香港でも子供達ばかりなんだな。

それにつけてもまたそぞろ歩きしたいなあ香港。

1月 25日(金)

雪印食品、「牛肉詐欺事件」で社長引責辞任へ。

こいつら先人が営々とはぐくんで業界トップにまでしてきた自社ブランドをなんやと思ってたんだろう。しかも、日本に住む誰もがひと目でそれがどこのどんな製品か分かるくらい水戸黄門の印籠なみの卓越した浸透度を誇ったトレードマークやのに。

「こんなことやってバレたら会社のブランドに傷がつく」

せめてそれくらいの抑止力、働かないか、普通。

雪印がキジルシになったか、とうとう。

でもまあ考えてみれば、雪印のマークを日の丸の旗に置き換えてみると、似たようなことになってるかも知れないぞ。

誇り。プライド。名誉。

人間、伝統とか個性とか信念とかに対してそれを失っちゃいけない。誇りがあればこそ恥を知り、恥を知ればこそ身を慎み、向上心を保つことが出来る。勇気を奮い立たせることが出来る。周囲に対して礼節をわきまえ、思いやり、寛容の心をもつことが出来る。

そして、人を見下す横柄、傲慢はまことの自尊心とは異物のはず。

雪印をこきおろしてばかりいないで考えないといけないよな。

ま。腐れ牛乳事件以降うちはいっさい雪印ブランド信用してないからいくら安くても買ってないけどね。

無論、今後も絶対買わない。

1月 24日(木)

朝から大阪の代表的難読地名のひとつ喜連瓜破(きれ・うりわり)へ。

研修と称し、高松から出張で来させられた社の人を得意先に引率、メカ操作の実習指導を兼ねて現場回り。

うちの会社も手広くやらせてもらってるもので営業と一口に言ってもいろんな分野がある。この人は家庭用畑一筋で20年以上。それがいきなり業務用なんだから会社づとめも苦労がたえませんわなあ。

僕自身だって入社して以来、営業(家庭用製品)→事務(人事労務)→輸入調達(半製品+コーヒー豆+ココアパウダー)→製菓部門のグループ会社へ出向(輸入+為替+生産計画)→本体へ戻って営業(自販機用)・・・と転がりまくって今日に至ってる。慣れたと思ったら、また一からやり直し、の繰り返し。

当初希望した宣伝広告やマーケティングの職種につくことは出来ずじまいだし、いつまでたっても「この道一筋」の貫禄が備わらないし、いつ転勤させられるか分からないのはツライところだけど、人のこと、物のこと、金のこと等あらゆる世の中の事象に当事者として関わることは出来た。どれもこれも学校では身につくはずもないことばかり。経験も貴重な財産だわ。

何事が起ころうとも、どんな場所に行き着こうとも、その時のその場所が自分にとっていちばんかけがえのない体験の場。

教訓の自給自足ですな(笑)

1月 20日(日)

神戸元町に出向き年頭の御挨拶。京都からはMさんの母君と叔母君。千葉からは韓国系米国人のSさん。賑々しい。

それにしても大正生まれの気骨って真似できないな。明治の人はそのさらに上をいくし、幕末から維新を駆け抜けていった人たちに至っては。

はげはげダーウィンくん。

悪いけど、僕、進化論なんて信じないからね。

1月 19日(土)

午後、上本町の「スタジオ・エッグス」に出向いて補習。多少遅れてYくん到着。未熟者二人だけで試行錯誤しつつ「タリ・テヌン」と「タルナジャヤ」の手を。木琴とかマリンバとか演奏経験があればもっと楽が出来るんだろうけどなあ。

後半煮つまりスタジオの公式HP模様替えの打ち合わせに流れる。

1月 18日(金)

昨日から女房は情緒不安定。泣くわ、ワメくわ、ムクレるわ。

僕も似たり寄ったりかな。阪神淡路被災の記憶が無意識の領域で疼く。

TV、見たくもないわい。

じっとこらえながらガムラン仲間Yくんが貸してくれたコリン・マックフィー著「バリの音楽」を読む。

1月 17日(木)

日付が変わる。

7年経ってもやっぱりこの日はめぐってくる。

嫌だけど、でも、なかったことに出来るもんじゃない。

というわけで、供養の気持ちをこめて「震災日記」を今日から一ヶ月間アップする。

あらためて読み直すと身動きできず、他に何もやれなかった気持ちがリアルタイムで記録されていて、文章の向こうに制御不可能だったザラザラした心が透けて見える。それは生々しすぎて正直恥ずかしいけど、それこそが記録ってものなんだろう。一字一句、誤字脱字事実誤認を含めて加筆も訂正も削除も自分で自分に禁じる。

今年は女房とのなれそめも一文ものして同時にアップ。 人生どんなことでも起こりうる。

慰めと戒めの心を同時にこめて。

1月 15日(火)

ガムラン練習日。

「タルナジャヤ」なるナンバーの稽古が始まるが、これがまたとんでもないシロモノ。ただでさえバリ・ガムランは急激なスピードで突っ走るのに、この曲はいっちゃてる。

プレスティッシモ。

今夜も便所にこもってシクシク泣く。

「ゆたか会」のKさんからメール。10周年記念の投稿の件。

1月 14日

終日「ホームページ・ビルダー6」の研究に没頭。また慣れるのに時間がかかりそうだけど、これって結構優れモノかも。

いろいろロゴを試作して遊ぶ。

1月 13日(日)

ホームページの編成替え完了。しんどー。

スタジオ・エッグスのサイト用のソフトが「ホームページ・ビルダー6」ということで勉強開始。

夜のニュースによると、今年も各地の成人式、場外乱闘とかヒドイらしい。

悪いことは言わん。少年法は即刻廃止すべきだ。社会の安寧秩序をかって気ままに蹂躙してはばからない暴力犯罪に対して年齢による手心など微塵も必要ない。社会的に未熟な少年にこそ厳格な教育的制裁が必要なんじゃないの?犬猫だって子供の頃に躾を怠ると害獣になるものを。

「人権」だ?

国民の義務を務めつつ社会の秩序を守って生活している善良な人々を保護するものこそが、真の人権ちゃうか?

「平和憲法」やら「人権」やらとおためごかしてキャンキャン吠える奴らは一切信用せんぞ。

1月 12日(土)

有難い事に3連休。

午前九時過ぎ、神戸のKISS-FMカフェ・エルガー店主が電話インタビューに出るってんでスタンバイ。店主の山田さん場慣れた感じで余裕の応答。

山田さんから頂戴したMDでブーレーズ指揮の「運命」を聞く。

ジャッ・ジャッ・ジャッ・ジャーン

おおぅ。なんちゅう歯切れのよさ。噂に違わぬテンポののろさ。

しかし聞き進むうちに違和感は解消。細部の動きまで耳で把握できるお馴染みブーレーズ一流の見通しのよさ。こんなベートーヴェンも悪くないやん。てゆーか、久々に「運命」を新鮮な気持ちで聞けたぞ。それにしても、ベートーヴェン愛好家がなんでこの演奏にキレるのかな。

実際のところ、僕には「これぞ決定盤!」とか「これは誰それの名演には及ばない」とかいう発想には共感できない。演奏なんて違って当然。同一の指揮者でも日々違う音を奏でる方が自然。解釈とか奏者や聴衆の状態によって今まで聞いたこともなかった響きに出くわすことができるかもしれない。そう考える方が楽しいと思うし。

夜、久方ぶりに泉北のヴァージンシネマズへ。人形アニメの「シュレック」。捻りのきいた大人向けの映画。まあまあ、かな。

ひょっとしたら日本語吹き替え版の方が上出来かも。山寺宏一に伊武雅刀・・・だもんな。

1月 9日(水)

ガムランのホームページ担当になったと思ったら自分のサイトのサーバーがどうもおかしい。CSC。何が起きてるんだ。正月早々、ひょっとして夜逃げか?

こんなに不安定なんじゃどもならん。Hoopsを主軸に編成やり直すしかないなあ。

1月 8日(火)

結局「江ノ島工作員」はガセ。

「妻と喧嘩してむしゃくしゃしてやった」と自称目撃者が白状。バカタレが。41歳にもなって善悪の判断もつかんのか。世の中ほんまに「逝ってよし」だらけやな。

ギータ・クンチャナのレッスン、今年から火曜日に。

メンバーに合流してのレッスン。要するに、「生徒さん」から格上げ。 久々に触れるガムランの各楽器はどれもこれもピッカピカ。年末にピカールで磨き上げた労働の賜物。しかし、レッスンにはついていけず。あわわわ状態。便所にこもってしくしく泣く。

さらに、今日からガムランメンバーとしてホームページ更新担当にも任命される。演奏で足引っ張る分、更新活発にして遊んだる〜。

1月 7日(月)

帰宅して日経の夕刊を開く。

「江ノ島に北朝鮮工作員上陸」

まじか?

1月 6日(日)

夕方TBSを見ていると例の北朝鮮工作船をめぐる特集。したり顔の田丸ミスズがコメント:

「日本政府が沈没船をわざわざ引き上げて北朝鮮のものだと判明したら、日朝間の国交に深刻な障害が発生するので問題が」

こんな奴らがジャーナリストとは哀しいよなあ、日本も。

「我々TBSは北朝鮮の対日攻撃を援護します」

と言ってることが分かってないのかなあ。

みすず。お前の頭、みみず以下だよ。「田丸みみず」と改名してよし。

NHK大河ドラマの第一回目。今年は「トミーとまつ」、じゃなかった、「利家とまつ」。加賀百万石のお話。石川県への観光客が増えるんだろうなあ。音楽担当渡辺俊幸。この人の音楽は大好きだ。中国残留孤児をテーマにした「大地の子」とか「毛利元就」とかの音楽もこの人。 しなやかで大らかで勇壮。それでいて優しく包み込むような音楽。 しばらくは楽しみに見ていようっと。

1月 5日(土)

おおっ。日経の土曜版「NIKKEI プラス 1」に佐渡裕さんが出てる。

佐渡ファン筆頭の情報通ロレンツォ氏の掲示板にもまだ上がってないか。ほんなら、といそいそカキコ。

午後、京都は壬生カフェ・エルガー店主山田さんからMDが届く。暮れに持参したMD「英国セット」のお返し。ありがたし。

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
ベートーヴェン:「海の静けさと幸福な航海」(以上ブーレーズ指揮)
サンサーンス:「動物の謝肉祭」(原典版)
モーツァルト:「グラスハーモニカのためのアダージオ」

余白にネスカフェの「open up」つきとは洒落てますな。

暮れに訪問の際クラシック評論家宇野功芳が指揮した「運命」を聞かせてもらい、そのあまりのやりたい放題ぶりに大爆笑。

「こんな風に好きな曲を誰憚らず好きに演奏できる人生、羨ましいですねー」

というところからジャジャジャジャーン談議となり、

「そう言えばブーレーズが昔演奏した『運命』って亀さんのようにノロイし聞いたベートーヴェン崇拝者こぞってマジ切れさせるそうですね。どんなんやろ。聞いてみたいなあ」

と何気に語るとさあびっくり。山田さん「持ってますよ」って・・・さすが。

亀の歩みのジャジャジャーン。楽しみー。

1月 4日(金)

仕事始め。しかし事実上のリハビリだな。

挨拶回りと称してしょっぱなからおっさんに引きずりまわされる。けど、どうでもいいやあ。

帰宅して試してみると、サーバー復活。やれやれ。

1月 3日(木)

今朝も夢を見た。

ライオンの子供が家にいる。しかも2匹。生後一ヶ月。やんちゃざかり。抱き上げると目方ずっしり相当デカくなった。やばーい。八方手を尽くして貰い手を必死に探す。

「動物のお医者さん」読みさしで寝たらこれですわ。

それにしても終日何度つないでもうちのHPにつながらず。何故だ。

最悪の事態を想定しHoopsでサーバースペースを確保する。しかしこっちも正月のせいかレスポンスなし。アップロード不可。

とほほー。

1月 2日(水)

六甲山に小雪の激しく舞い散る寒い一日。

今年の初夢はオムニバス。目が覚めて残っていたものは3本。

その壱
夜。道路を走っている。左の車線は延々と渋滞。対照的に、右側はがら空き。何の躊躇もなく右をスイスイ走っていく。突然ブレーキがかかったように停まる。気が付くと滑り台を逆行するような上り坂に、アブスライドみたいなかっこうで路面に張り付いている自分。

車はどこへ・・・?

その弐
百貨店のとあるフロア風の場所。旅行のパッケージ商品だかコンサートのチケットだかの説明を係員に受けている。パンフの右上に何ケタかの番号。それを見ながらふと思う。自分に任せてくれりゃ端末いじってちょちょいのちょいだぜ。

その参
見上げる頭上に高速道路が重々しくそびえたち、左右に走っている。その上に怪しい雲。いきなりどす黒く変色し、見る見る時計回りにうねり始める。竜巻だ。高架上の道路にそれが接触。途端に道路はゆっくりとこちらに倒壊し始める。周囲の状況を素早く確認、「あっちへ!」と安全な方向へ群集を導いて走り出す。とどめる手立てもなく道路が崩れ落ちてくる。破片のひとつが街路樹を直撃。折れ飛んだ長さ30センチほどの枝が右の頬をかする。

・・・どいつもこいつもロクな夢じゃないなあ。たまにはもっと色っぽい夢を、希望ーん。この際、ひと山なんぼのモー娘。まとめて面倒見るぞ。

我ながら、マッチョー(笑)

1月 1日(火)

元日。晴れ。

何事もなく穏やかな年の始まり。一年間365日こうだといいけど。まあ、世間の波風はどこまでもつきものだろうけどなあ。

年賀状の第一波到着。

んー? 付箋付きの返送分が一枚。明石西郵便局集配営業課からだ。

「この年賀郵便物は、配達準備中に調査いたしましたが左記の理由により配達できませんので、記入漏れなどをお確かめのうえ再度お出しください。 一、棟・号室漏れ」

急いで確認。

「1-4-2--401」を「1-4-2-401」と書いて出してたわけか。3号棟。でも、それっぽっちのことかい?片や届いた中にはそれどころか何丁何番何号何マンションの何号までがごっそり欠落した豪快な賀状もあったで。 確かに不備には違いないけど、この根性の差は何やの。郵便番号7桁わざわざ書いたのにこの仕打ち。明石の郵便局はヘタレか。

TVだってロクなのやってないし。佐々木倫子の「動物のお医者さん」を文庫で久々に読み返しはじめる。とぼけたタッチでむちゃオモロイ。

夕方、神戸市東灘の実家へ。

すっかり血液がクリーミーになった我々夫婦のために、弟がなんとかいう健康茶を土産にくれる。バンソウレイ茶より効くって? ただし新製品だからまだ市場にはそんなに出回ってないのだとか。 これで血糖値が下がるのならバンバンザイだ。

りくろーおじさんのチーズケーキでもサンタのシュークリームでも食い放題だぜ。

Ida Bagus 2002
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